〜団長〜

21世紀にはばたく若者のために
財団法人盛岡国際交流協会事務局長  吉田 瑞夫

「カナダ・ビクトリア市冬期中学生派遣研修」は、財団法人盛岡国際交流協会の姉妹都市交流事業の一環として実施されました。平成6年1月6日から、9日間の日程でビクトリア市を中心に4泊5日のホームステイ、現地のブリティッシュ・コロンビア州立の中学校スペンサースクールへの通学を体験するなどして、1月14日全員無事、帰国しました。派遣研修への参加者は盛岡市立の19校のうち9校からの生徒10人と引率教諭2人、協会事務局長の計13人でした。生徒も含め私達にとりましても、このような派遣研修は初めてでの経験であり、不安と喜びの交錯する日々であり、見るのも聞くのも全て新しく、感激と驚きの毎日でした。

また、研修旅行の終わりには、笑顔でスペンサースクールの生徒と接している生徒たちの姿に、たとえ言葉があまり通じなくても、自分の国の文化や伝統を紹介し、相手の考え方や気持ちを理解しながら心の交流ができる感覚の持ち主こそが本当の国際人ではないかと認識を新たにしたところです。

この派遣事業は、盛岡市の中学生がビクトリア市内の学校や家庭での生活体験を通じ、カナダの教育や文化についての見聞を広め、将来性豊かな国際感覚を身につけた人材となることを期待するとともに、姉妹都市交流のより一層の促進を図ることを目的としています。

異なる文化や歴史を持つ国、民族、人々を理解し、盛岡市、日本への理解をビクトリア市民に一層深めてもらおうという使命を持ったこの派遣研修は、生徒一人一人から寄せられた報告記にあるように、生徒のほとんどが、カナダ・ビクトリア市の生活を体験できた意義の深さと感動の大きさに言及していることから、所期の目的が十分に達成できたものと思っております。

そして、協会主催による中学生派遣事業は、平成6年度も継続し、今年度参加できなかった市立中学校10校の代表を派遣する予定となっております。今後は、この事業をスポーツ競技や芸術、文化など、共通する活動を通じた交流に発展させてまいりたいと考えております。また21世紀にはばたく若者を一人でも多く国際交流お場に送り出し、「世界に開かれた魅力あるまち・盛岡」のために貢献できる人材の育成に努力してまいりたいと存じております。

終りに、この冬期研修にご協力いただきましたビクトリア市ボブ・クロス市長様をはじめ、ビクトリア市の関係者各位、スペンサースクール、ホストファミリーの皆様、そして、派遣にあたり種々ご協力いただきました盛岡市教育委員会、各中学校の関係者各位並びに、ご父兄の皆様方のご好意に対しまして心から厚くお礼申し上げます。


〜事務局〜

姉妹都市への中学生派遣
松園中学校  高橋 昌彦

今回は2年計画の第一回目として、盛岡市立中学校9校の生徒10人が派遣されました。選抜方法は、希望者の中から、面接により意欲を考慮するなど、各学校により違いがありましたが、積極的で前向きな意欲のある生徒を基準においたのはどの学校も同じでした。この基準は言葉の違う他国との交流だけに、親善を深める上でたいへん大切な要素になりました。引率者として吉田事務局長、中学教諭2人の計3人でしたが、生徒の世話、指導の面での不自由はありませんでした。今回は「世界に開かれた魅力あるまち・盛岡」をめざし、明日の盛岡を担う青少年を姉妹都市ビクトリア市に派遣して、異なる文化とのふれあい、体験を通じて、広く世界を理解できる、豊かな国際感覚を身につけた人材を育成することが目的でした。また平成5年5月に来盛したビクトリア市スペンサースクールの生徒宅にホームステイし、学校生活、家庭生活の実体験、ビクトリア市名所見学、太田市長からの親書を携えての新市長ボブ・クロス氏表敬訪問、新渡戸稲造博士の足跡を訪ねるなど歴史や文化を学ぶかたちでさらに両都市の親善を深めることでした。

中学生派遣の意義
派遣生徒10人はこの目的にそい、それぞれ、おもいおもいに積極的に行動、体験したことに高い評価を与えたい。親善を深めることのできた彼らの交流はまた未来につながる交流であることに一層1自信を深めることができました。それは交流の主体は両都市ともこれから未来に羽ばたいていくであろうお感受性の強い中学生であることでした。わずか10人の派遣生徒ですが、彼らのまいた種はこれから国際理解の未来に向けてぐんぐん育ちその輪はますます広がることがおおいに期待されます。企画された盛岡国際交流強化、協力された盛岡市教育委員会に感謝申し上げます。

盛岡市とビクトリア市とのさらなる友好を
市民のあらゆる層においてそれぞれ独自の交流が深まることを期待します。小中高の児童生徒の場合、やはり学校交流とホームステイをメインにおかれることを希望します。全く環境、条件、システムの違った他国の学校で数日といえども人種の違う子供どうしで生活、学せることは今後の彼らの学習の意欲、生き方にプラスになることを確信します。また今回もそうでしたが、ホームステイの体験は人種をこえた人間的、家族的結びつきを強め交流の基盤をなすものと思いました。


ビクトリア同行記
上田中学校  藤島 明子

"Hitch your coarch to heaven"という新渡戸稲造博士の言葉を父が教えてくれたのは、私が高校生の頃だったろうか。「理想を高くかかげて生きよ」と励ます博士の言葉は、「願わくは我太平洋の橋とならん」と共に、私の人生に少なからず影響を与えてきた。その碑は太平洋を一望できるビクトリア市の丘の上に建てられ、はるか海を越えて盛岡の地を望んでいた。国際平和のために生涯を尽くし暗雲の情勢の中、無念の最後を送られた博士の望郷の丘に立ち、今その理想が実現されつつあるのを思い、感慨ひとしおである。

姉妹都市の中学生の親善交流お目的として今年が第一回ということで、大変緊張したスタートとなった。生徒は市内の中学校9校からいろいろな方法で選ばれたというが、とても明るく素直で、行動力のある生徒たちだった。交流会での、合唱とさんさ踊りも、重唱やピアノ伴奏、さんさの笛などを進んでやる人がいて、助かった。

ビクトリア市に入って真っすぐ、スペンサースクールへ向かった。大ホールにはたくさんの生徒が集まり、私たちは拍手の中、ステージの上に誘導された。8年生から10年生の生徒たちであるが、とても大人びて見え、マナーも立派だった。大歓迎会が女子の生徒会長が取り仕切る中行われ、わが盛岡の中学生も一人一人英語で自己紹介し、合唱を発表した。物おじしない堂々とした態度で、さすが選ばれたリーダーたちだと感心をした。その場でホームステイをする生徒たちとペアになり、やや不安な面持ちで、生徒たちはそれぞれ家庭へと別れていった。

私もスペンサー校のフランス語教師、アンジェラ・リー夫人宅へホームステイすることとなった。二度目の体験ではあるが、こどももいないし、何を話して3日間を過ごそうかと気重であった。しかしその環境に入ると結構楽しいものである。リー氏とも一緒にディナーを楽しみ、夜遅くまで語り合った。テレビのローカル番組では「日本の中学生訪問」が流れ、一行が到着した様子と河南中の関田君がステイ先のジェフ君と仲良く卓球をしたり、家族とのだんらん風景が映し出された。中学生たちは辞書を引き、ジェスチャーを駆使しながら、気持ちを伝えるよう努めたと後から聞き、ほほ笑ましくあった。

滞在中はスペンサー校をあげての歓待を受け、校長先生自らスクールバスを運転し案内して下さった。英国の香りのする州議事堂を訪れた後、市長表敬を終え、大切な任務が終了したと安堵した。ビクトリアは実に美しい端正な都市である。緑と青い海に囲まれ、人々の心は豊かで温かい。スペンサー校のミズ・デュロンの素晴らしい企画、市のランジェル氏の心配り、ボランティア通訳をしてくれた川部さん、ディック・中村氏を初めとするビクトリア在住の日系の皆さん・・等など、たくあさんの方々の善意のおかげで、何一つ心配なく、ビクトリア訪問を堪能させていただいた。生徒たちは涙で顔をくしゃくしゃにしながら家族や友達との別れを惜しんだ。彼らの心にはぎっしりと土産がつまり、輝く瞳には決意がのぞかれる。

国際平和の種をまいた新渡戸稲造博士の願いが花開き、実を結びつつある。私もその志を少しでも受け継ぎながら、盛岡の一市民として、出来ることを担って生きたいと思う。


〜団員〜

スペンサースクール
下小路中学校  岩淵 卓哉

派遣が決まった時にはうれしかったのですが、最初の説明会に出席し、ビクトリアへ行くことが大役であることがわかり、不安になりました。

出発の当日は朝から落ち着きませんでした。「僕のホストファミリーはどんな人だろう」「英語をうまく話せるだろうか」というようなことが頭の中を行ったり来たりしました。

ビクトリアでの学校生活
1月7日、とうとうホームステイです。スペンサースクールでは、たくさんの人たちが手を振ってくれました。歳は少ししか離れていないのに、ビクトリアの生徒たちは大人びてみえました。

1月10日は授業に出席しました。最初はフランス語で次の時間は美術でした。フランス語の時には何を言っているのかわかりませんでした。美術の授業では、書道をやってくれといわれ、鉛筆と絵の具でやってみました。いろいろなことを聞かれ恥ずかしかったです。その後、ホームステイ先の女の子たちにラインダンスを教わりました。ぼくたちは逆にさんさ踊りを教えてあげました。

1月11日、たくさんの生徒たちの前で、さんさ踊りとラインダンスを踊りました。その日の夕食は、みんなと一緒に迎えました。さんさ踊りの時に着たはっぴをあげたら、とても喜んでくれました。

エールで別れを
1月12日、スペンサースクールをいよいよ離れる日、先生にエールをやったらと言われ、下小路中学校独特のエールをやってきました。恥ずかしかったけど、今考えるととても良い記念になりました。

ビクトリアで学んだこと、それは「自由」「顔」です。スペンサースクールはとても自由でした。けれど自由ということは責任が重くなるのだということも感じました。「顔」というのは、ビクトリアの人達はとても表情豊かで、言葉が通じなくても表情を見て、今相手がどういう気持ちでいるのかがよくわかりました。

カナダ・ビクトリア市で経験した、たくさんのことを今後の中学校生活で生かしていきたいと思っています。


大親友キャサリンのこと
下小路中学校  岩谷 瑞穂

約10日間の研修を終えて、今思い出として残ったことはホストファミリーと過ごした4日間です。ホストのキャサリンはやさしくいろいろと話しかけてくれるのですが、最初はほとんど聞き取ることができなくて、本当にこれから暮らしていけるのか、ものすごく心配でした。案の定、その日は家に帰っても自分の自己紹介さえうまく言えませんでした。

日本語を教えた!
キャサリンは英和辞典のようなものを持っていて、それを使って一緒に日本語の勉強をしました。五十音表を書いて読む練習もしました。その時にキャサリンに教えてもらったことがあります。それは母音のことです。日本語の母音は「あ・い・う・え・お」ですが、英語の母音は「A・E・I・U・O」だそうです。確かに単語を5つぐらい書いてみると「A・E・I・U・O」はきちんとついていました。これに気付いて自分で感心してしまいました。こんなふうに一緒に日本語を勉強したことによって彼女も数は少ないですがいくつかの日本語を覚えてくれました。一つは彼女が"Thank you"を日本語で何というのかと聞くので、「ありがとう」と教えてあげました。二つ目はただ単に私が"Don't cry"という単語が好きだったので、その日本語を知ってほしくて、「泣かないで」を教えました。三つ目は、彼女が「こんにちは」を知っていたので「さようなら」を教えました。四つ目は夜、彼女が私を気遣って「スリーピー?」と聞いてくれ、私も疲れていて日本語で「うん、ねむい」と答えてしまったので、彼女が「ネ・ム・イ?」と聞き返してくれたので教えてあげました。

広く世界を見る力を
彼女は新しいことが好きで、日本のこともいろいろ熱心に聞いてくれるので、私も夢中になって日本語が混じった英語で話しました。その時初めて母国である日本を誇りに思いました。と同時に、私たちが知らないでいて外国人が知っている日本のことを彼女らから教えてもらいました。そういう点では広く世界を見る力が自分についたような気がします。

来年キャサリンは日本に来るといっていました。彼女が私にしてくれたことを今度は私がしてあげたいと思います。そして初めてできた異国の大親友キャサリンともっともっと友情を深めていきたいと思います。


スマイルーいつも笑顔でー
河南中学校  関田 裕生

不安から期待へ
今回のカナダ・ビクトリア市冬期派遣研修は、姉妹都市である盛岡とビクトリアの友好を深めるという目的があり、私はいつもと違った緊張感の中にいました。出発前、日本を離れて文化も習慣も生活もことばも全く違う所で、会ったこともない人達と、9日間も一緒に行動していくことができるのだろうか、家族と離れて一人だけで、しかも場所が海外だということもあり、不安や心配っごとがたくさんありました。

しかしカナダに到着し、いろいろな手続きが順調に進み、昼食、バンクーバー市内の観光などと時間がたつにつて、会話も増え、それまでの不安は「これからこの仲間たちとどのような経験ができるのか」という大きな期待へと変わりました。

カナダと日本の違い
始めのうちは、言っていることがまるで理解できず大変でしたが、身振りや辞書、簡単な単語でわかりやすく話しをしてくれ、自分も知っている単語や文法を最大限に生かし、どうにか意思の疎通もできるようになりました。

カナダの人たちは、とてもゆったりとした生活をしていました。学校も日本とは違い制服もなく、とてもラフでなじみやすい感じの所でした。そしていつでも笑顔を絶やさず、いつも明るく会話をしていました。その中でも一番強く印象に残っているのは、突然「具合が悪いのですか」と尋ねられ「いいえ」と答えると「スマイル」と言われたことでした。それを言われた時、改めて笑顔の大切さというものを実感しました。

今回の研修で、他の中学校の9人、カナダのホストファミリー、スペンサースクールの生徒たちと一緒に生活をすることができたことなど、とても良い経験をしました。カナダで知り合った人たちからは手紙がきて、英語の勉強にもなり、今でもあのときの感動を思い出すことができます。そして、何より、カナダで日本との違い、日本人とカナダ人の違いを肌で感じてこれたということが良かったと思います。


もう一度ビクトリアへ
仙北中学校  千葉 裕子

今回のビクトリア市への派遣が決まったとき、私はうれしくてたまりませんでした。カナダは私を飽きさせることなく素晴らしい感動を与えてくれました。

驚きと発見の連続
街の様子は、日本の素晴らしさとまた違って、ほとんどの建物に彫刻がなされ、色使いが、とても美しく、広々としていました。たくさんの建物を説明していただいたのでしが、私の目は、忙しくキョロキョロするばかりでした。車の流れは、ゆったりとし、道幅も広く、乱暴な運転者は見かけませんでした。歩行者優先を守っていました。あちこちを見学しましたが、ゴルフ場が無料と聞いて日本との違いを感じました。もう一つ驚いたのが、買い物をした時のことです。ろくに包んでもくれないのに、消費税は14%とられました。話を聞いたり、街の様子を見て、なるほどと思いました。

スペンサースクールでも驚く事はたくさんありました。学校に私服で来ていること、アクセサリーやお化粧は当たり前のことで、自動販売機があり、休み時間になると買って食べている事など、日本の学校では、"ゼッタイ"に許されないことがたくさんありました。しかし、こんなに自由であっても一つも悪い雰囲気はなく、先生と生徒が信頼しあっているという感じでした。一人一人が責任ある行動をとっているからだと思いました。

ホームステイ
私のホストは、昨年下小路中学校に来たクリスティーナ・ニールセンです。少しは日本語が話せるかと思いましたが、日本語は難しいと言われるだけあって、ほとんど話せませんでした。1日の生活は朝のシャワーから始まり、朝食はレーズン入りのコーンフレーク、ホットケーキかパンが主食で日本食のような細やかさはないものの、私はそれを楽しんでいました。毎朝、何がでてくるのか、どんな味なんだろうかと、とても興味ありました。

今回の研修を通して、生活習慣の違いなどたくさんのことを学びました。そして何よりも多くの友達ができたこと、少しでも心が通い合えた事がとてもうれしく思いました。私だけでなく一緒に行った仲間も「まだ帰りたくない」という気持ちでいっぱいでした。今度は一年間四季を通してカナダ・ビクトリア市で生活してみたいと思っています。


真剣さ・明るさ・優しさを・・・・・・
大宮中学校  石橋 みずほ

胸に残る思い
私はビクトリアへ行って、本当に良かったと思っています。訪れる前は、ただ何となく「みんな自由で気楽に暮らしているのだろう」と勝手に思い込んでいました。しかし、私の勝手な思い込みはスペンサースクールの生徒たちと接することによって、すっかり消えてしまいました。私たちのことを本当に理解しようとする真剣さ、そして初めて会ったような気がしないその明るさ、いつでも私たちを思いやってくれる優しさ、この三つは、日本に帰ってきた今でも暖かく、はっきりと私の胸に残っています。ぜひ、自分も見習わなければならない点だと思います。

もう一つ忘れてはならないのは、ホームステイの経験です。私をゲストに迎えてくれたのは、ラッパーナ家でした。たった一人でほとんど言葉のわからないまま、初対面の人の家へ泊まる、この経験は本当に貴重でした。ラッパーナ家での生活は、家族がとても優しくて快適でした。私の慣れない英語を辞書をひきながらも理解してくれ、そして何よりホストのジェニファーの明るさと私を楽しませようとする彼女の優しさがうれしかったです。

ビクトリアの街並み
ビクトリア市はとてもきれいな街だと思いました。イギリス風の建物が並び、独特の風景がなぜかとてもなつかしく感じました。150年前に町がつくられたそうですが、その先人の努力の一つ一人が今に伝えられているのだと思いました。中でもブリティシュ・コロンビア州議事堂はその大きさといい、建物のかたちといい、とても堂々としていて、風格とか歴史といったものを感じました。ビクトリア市の見学の中でも興奮したのは、本場のアイスホッケーの試合でした。試合の迫力と周りの応援に圧倒され、その日は興奮して眠れないほどでした。

ビクトリアでの日々はあっという間に過ぎていき、ラッパーナ家ともお別れの時がきました。学校へ行く前にお母さんの仕事場で記念撮影をして、家族とお別れをしました。学校では、フェアウエルセレモニーがあり、私のビクトリアでの生活も本当に終わるんだなと思いました。言葉にならない思いが胸にあふれ、涙がとまりませんでした。本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。


5日間で学んだこと
米内中学校  餘目 寛子

私のビクトリアへ行っての目標は、友達・知人をつくること、そして自分の学校とスペンサースクール、カナダの人の生活と日本人の生活自分とカナダの中学校を比べ、どのような違いがあるかということを発見して、良い経験をした、と心から思える旅行をしてくることでした。

カナダの学校生活を体験
スペンサースクールに通ってみて感じたことは、日本の中学生と比べると、体格が違うし、顔立ちも大人っぽく、私たちが小学生のように見えたことでしょう。私が一番驚いたことは、男女関係なくみんな仲が良いということでした。私の学校は全くというわけではないのですが、男子と女子が一緒になって遊ぶということがありません。私もようですが、男子も女子も一緒になって遊んだりするということは少し恥ずかしいという気持ちが日本の中学生にあるからだと思います。きっとカナダの中学生には「男子と女子が仲良くすることは恥ずかしいことではない、当たり前よ」と一人一人が考えているからだと思います。

もう一つは、人が間違ったりしても、絶対笑ったりしないということです。私は歓迎会の時に歌の伴奏をしたのですが、すっかりあがってしまい、きちんと弾くことができませんでした。このような場合たいていの日本人は笑ったり、その人のことを馬鹿にしたりしますが、カナダの人は誰一人そんなことをした人はいませんでした。このようなことを体験して自分の考え方も少し変わったような気がしました。

あこがれのホームステイ
初めてのホームステイはとても楽しく一日一日はあっという間に過ぎていました。私が相手の行っている事が分からない時は、わかるまで、ゆっくり何度でも話してくれました。ホストファミリーはみんなとても優しく、明るい人たちで、毎日笑いの声の絶えない家庭でした。ビクトリアに5日滞在してわかったことは、「国、人種、言葉は関係なく、心を開き合えば親しくなれる」ということです。5日間にできたたくさんの思いでは、一生忘れることのできないものだと思います。いつか機会があったら、また訪ねてみたいし、他の人たちにもこのような機会があればいいなあと思います。


大切な思い出
城東中学校  小林 克治

カナダの第一印象は大変街がきれいで住みやすい雰囲気でした。どことなく見慣れた景色のようでなじみやすい空気を感じました。しかし、バンクーバーをバスで観光していくうちに、全く日本と違う点に気がつきました。それは、広い土地、さまざまな国の人達からなる国であること、まるで中国みたいなチャイナタウン、そして高く大きな木、こういうものを見ているうちに「「外国にきたんだなあ」としみじみ感じました。

ビクトリアに到着
いよいよ今日からホームステイという日、不安な気持ちでフェリーに乗りました。フェリーの中でスペンサースクールでのあいさつを考えましたがあまりいいあいさつが浮かびませんでした。

ついにビクトリアに到着。迎えのスクールバスから降りるとテレビ局の人やスペンサースクールの生徒たちが待ていました。教室からはみんなが手を振り、外にでてきた生徒には話しかけられ、スターになった気分でした。その中で、手助けしてくれる人が何人かいました。とてもうれしかったし、良い人たちだなあと感心しました。

本当の親子のように
ホストの家に着き、慣れない英語であいさつをしました。家族の人から「これから楽しく過ごしましょう」といわれ、気付かないうちに不安がなくなっていきました。ホストファミリーと一緒にチャイナタウンで昼食をとりながら、まるで人種は違うのに本当の親子みたいな気分でとてもうれしく思いました。

お別れ会の前日にはホストの家でラインダンスを練習しましたが、言葉がわからないので、相手の体の動きなどをみながらやりました。僕ができるようになるまで教えてくれました。その姿は今でも目に焼き付いています。

別れの日、ホストマザーはずっと抱きしめてくれました。また会おうとも言ってくれ、短い5日間でしたが一生の思い出となりました。本当にまた会いたいと思いました。

僕は、この研修を通し、人と人との交流がこんなに素晴らしいものなのかと改めて感じ、友達の大切さもわかった気がします。そして積極性も学びました、この企画を作ってくれた人に僕は本当に感謝したい。次に行く人たちは僕たちと同じように素晴らしい経験をすることを願っています。


親善大使として
松園中学校  四戸 健矢

姉妹都市ビクトリア市と盛岡市は、今までたくさんの交流をしてきました。今回ぼくたち10人のの中学生がさらに交流を深めるためにビクトリア市へ行くことになりました。

1月6日、いよいよカナダへ出発しました。カナダへの期待のためか飛行機では一時間しか眠る事が出来なくて、カナダに着いたときには皆も少し眠そうでした。しかし、入国手続きを済ませて一歩カナダへ踏み込んだとき、日本とは違う景色に眠気も吹き飛んでしまいました。

ホストファミリーとの対面
スペンサースクールでは、僕たちのために歓迎会を開いてくれました。僕たちはそこで自己紹介をして、初めてホストに会い、皆の前で握手しました。望kのホストはケビン・ホワイトです。車の中ではケビンのお母さんが、日本のことや、好きなものについて、どんどん質問してきました。僕は初め必死になって答えるとともに、その積極的な姿勢に少しびっくりしました。

ケビンの家に着くと、ケビンのお父さんや妹のミシェルも僕を家族の一員のような感じで迎えてくれました。変に気を使うことはしませんでしたが、僕を楽しませるために、夜遅くまで頑張ってくれているようでした。ホームステイの初日で感じたことは、とても心が温かいということ、と同時に異なった人種の人に対する積極的な態度に感心させられました。

次の日、僕はあまり気を使わなくなり家族に溶け込んでいました。お父さんをダドゥ、お母さんをマァム、ケビン、ミッシェル、ジョーダン、ジェイミン、みんなと気軽に話せるようになりました。一家はとても明るく、毎日を楽しく過ごすことができました。しかし、楽しい時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に5日間はすぎていきました。

ありがとう
ビクトリアを離れる日、学校に行く前に家族で写真をとり、「ありがとう、わすれません」の言葉を言い、ケビンと学校に行きました。伝えたいことはもっとたくさんありました。しかし、今の自分の力ではそれが精一杯でした。

僕はビクトリア市で学んだことをこれからの自分に活かし、中学校の友人にも伝えたい。そしてビクトリアへ行かせてくれた両親と、そのきっかけを作ってくれた先生方に、「ありがとう」を言いたいです。


心の泉としての旅
見前中学校  南山 耕造

姉妹都市ビクトリアとの交流の9日間は、僕にとってまさに「夢」のようでした。見ること、聞くことすべてがあまりに新鮮すぎたために、記憶にはモヤのようなものがかかり、一つ一つの出来事を詳しく思い出すことができまっせん。でも何かを「学んだ」とはっきり自分で認められる場面は頭の中のモヤなど無く、今でも鮮明に思い出せます。

忘れられないさわやかな笑顔
僕が今回の研修で一番学習になったのは、スペンサースクールの生徒の価値観のとらえ方でした。私服が許されていて週休2日制で、自動販売機があったりと日本の学校とは似ても似つかないゆるやかな学校だったので本当に驚きました。でも生徒達はその校風に甘えることなく規律ある生活を送っていました。自動販売機があっても、授業中に食べたりすることなく、服装が自由でも乱れた身なりは全くせず、時間がゆるやかでも遅れたりすることはありません。僕は2日間という短い学校生活体験の中で「自由を得るためにはそれ相応の義務と責任を持たなければならない」ということをいつの間にか教えられていたような気がしました。日本の同年代に比べると結構いたずら好きですが、僕たちに欠けがちな自由と義務のつりあいを当たり前のように等しくしているかのようでした。常に明るさを絶やさず、学校生活をみんなで心から楽しんでいる彼らのさわやかな笑顔を僕は絶対に忘れません。

悔いの残ること
自分ではベストをつくして交流に臨んだつもりですが、英語が通じにくいためお互いの国の詳しい事など踏み込んだ部分の交流が難しかったことや、体調を崩しがちだったために、自分の持っている積極性のすべてを存分に出し切れなかったことなど、悔いの残ることが頭をかすめます。今となってはもう遅いのですが、「あの時にこうしていれば」という悔しい場面にもう一度戻ってやり直したいと思います。でも僕は失敗ばかりしていたわけではないはずです。だからこそ自分で「学んだ」と思えることが心に残って離れないのです。これからの自分の人生で活かしていくことで自分の悔いを一つ一つ消していきたいと思います。そして、このたびをいつまでも枯れることのない心の泉として胸に刻みます。


温かい街ビクトリア
乙部中学校  石原 佳奈

私たちはカナダ・ビクトリア市へ親善と研修のふたつの役目を持って出発しました。

向こうへ着き、まず驚いたことは人々が誰とでも親しげに声をかけ合っていたことでした。お店のレジにはいつも定員と客とのあいさつやちょっとした会話があり、身近な人に対しても体調を尋ねたりと毎日頻繁に言葉をかわしていました。小さな会話ではありますが、その中にコミュニケーションが生きている、そんな感じを受けました。

ビクトリア滞在の間には、ビクトリア市長表敬訪問、ホームステイなど大変中身の濃い貴重な体験ができました。

スペンサースクールで学んだこと

スペンサースクールには車イスの生徒も通っており、階段の他にスロープがあったり、スクールバスも車イスでの通学が可能でした。よく見ると、まchのあちこちにも車イスで入れるトイレが設けられている店があり、とても感心しました。日本の場合、障害をもつ子どもはたいてい養護学校へ通うため、このことは特に驚きました。しかしみんなが助け合うことは当たり前といった感じで仲がよく、そのことが私をさらに驚かせました。

スペンサーの友達から学んだことはまだあります。彼らは一人一人が周囲に流されず自分をしっかりと持ち、何にでも興味を示し、何に対しても一生懸命でした。日本の学生の場合、その逆で、「シラケル」ことが多いと思います。私を含め、日本の子どもたちがスペンサースクールの生徒のようであったなら、学校を始め世の中の様々なことが大きく変化するのではないかと思いました。

姉妹都市ビクトリア
緑があり、美しい建物があり、温かい人がすむ街、皆が誰に対しても親切な街、すべての人が安心して生活できる街、そのような街、ビクトリアは私たち盛岡市民にとっても誇りにできる素晴らしい姉妹都市だと思います。私たちのビクトリア市訪問団の任務は終了しましたが、これで終りにしてはいけないはずです。太平洋のかけ橋となることを望み、夢を実現させて新渡戸稲造博士の精神を受け継ぎ、今後も両市の仲がますます深まりますよう、私も今回学んだことを生かし、自分にできることを精一杯やっていこうと思います。