〜団長〜

団長あいさつ
財団法人盛岡国際交流協会事務局次長  遠藤 一路

「カナダ・ビクトリア市冬期中学生派遣研修」は、財団法人盛岡国際交流協会が明日の盛岡を担う中学生に、ビクトリア市の学校や家庭での生活体験を通して、広く世界に理解を示し、豊かな国際感覚を身につけてもらおうと企画しているものです。

平成6年1月に次いで第2回目となったこのたびの研修は、平成7年1月5日から9日間の日程で、前回に続きスペンサースクールを訪問し生徒宅にホームステイしながら、さまざまな交流の中から多くのことを学び、1月13日無事帰国いたしました。

この貴重な体験や成果につきましては、生徒11人と引率いただいた先生の報告文に譲ることといたしますが、総じて言えますのは、英会話不足からの不安や異なる文化・習慣への不安が大きく立ちはだかっていたが、しかしそれを見事に自らの力で打ち破ることができたということ、そしてこれらの体験を通じて、深い感動を覚え、この研修の意義についても生徒それぞれの視点から理解できたということから、所期の目的は十二分に達成できたものと思っております。

来るべき21世紀に向けて、「世界に開かれた魅力あるまち・盛岡」の創造に貢献できる人材を育成するため、当協会はこの派遣研修を今後も引き続き行ってまいりたいと思っております。

終わりに、この研修にご協力をいただきましたビクトリア市ボブ・クロス市長様をはじめ、ビクトリア市の関係者各位、スペンサースクールホストファミリーの皆様、そして派遣にあたりご支援いただきました盛岡市教育委員会、各中学校の関係者各位、いただいた教育委員会指導主事、中学校教諭の皆様並びにご父兄の皆様方のご理解、ご好意に対しまして厚く御礼を申し上げます。


〜事務局〜

VICTORIA訪問を終えて
厨川中学校教諭  菊地 裕子

温かい歓迎に
11名の中学2年生と共に成田空港を飛び立ったのは、1月5日の午後7時30分のことであった。市内中学生派遣2年目の今年は、ビクトリア市と盛岡市が姉妹都市となて10年目という節目の年でもある。

バンクーバー上空より高度を下げていく機内からは、広がる市街地やハイウエイを進む車の列が目にとびこんで来る。7日間の交流のスタートに身の引き締まる思いであった。

訪問先のスペンサースクールに到着。校舎の外観は、生徒の言葉を借りれば「まるでディズニーランドみたい」であった。校長先生、デュロン先生、中村さんの出迎えを受ける。歓迎集会はブラスバンド部員による両国の国歌演奏に始まった。その後、生徒達は一人ずつマイクの前に進み英語で自己紹介を行った。どの生徒も堂々として立派であり、ホールを埋めたたくさんの人たちから歓迎の温かい拍手を受けた。上田中の四戸さんのピアノ演奏で、盛岡グループは「ふるさと」と「イーハトーブの風」をやや緊張気味に合唱した。ホストファミリーのお母さんたちが持ち寄ってくれたランチ(Putluck luncheon)をごちそうになった後は、生徒達はそれぞれのホストの生徒に校内を案内してもらった。男子生徒は体育館で、スペンサースクールの生徒達と早くもバスケットに興じていた。物おじない積極さと彼らの動きには目を見張ってしまった。

打ち解けたホームステイ
私自身も、スペンサースクールのフランス語教師であるコーネリアさん宅に3日間のホームステイをすることになっていた。彼女は、実に気さくで愛嬌がよく、初対面から私をすっかり打ち解けた気分にさせてくれた。ご主人のポール・フリーマンさんは大変に有名な指揮者で、カナダはもとより、アメリカ、イギリス、ロシア等多くの国々で演奏活動をしており、今回はお会い出来なかった、一人息子のダグラスさんは現在、ハーバード大学で政治や法律を学んでいるとのことで、彼は8年前に親善交流の一員として盛岡を訪れたことがあり、ホームステイや盛岡一での生活を体験したそうである。

ビクトリア滞在も日を追うにつれて、どの表情からも当初の固さがとれ、和やかに談笑する姿や、肩を組み合って写真に収まる姿がここかしこにあった。デュロン先生からラインダンスを教わった日の彼らの躍動感は特に印象的だった。のみこみの早さ、リズム感の良さ、伸びやかな動き、私はただ圧倒されるばかりであった。

派遣中学生への期待
ビクトリアの街並みは絵のように美しく優雅で落ち着いており、どこをみてもシャッターを押したくなるほどだった。ビクトリア市庁舎でのクロス市長表敬訪問を終え、バスに向かって歩いている時、派遣生の太田君がかみしめるように友達に語っていた言葉が忘れられない。「今、僕たちはすごいことを体験しているんだ。このことは一生涯、絶対に忘れることはできないよ。これから生きていく上でいつもビクトリアでの体験が支えになっていくと思うよ。」

多くの人に支えられながら、得難い体験に心を弾ませた日々であった。派遣中学生の今後の活躍を願うと共に、お世話くださった盛岡国際交流協会、盛岡市教育委員会に心から感謝申し上げます。


素晴らしい出会い
城西中学校教諭  西田 誠喜

日本との違いが
スペンサースクールでは、到着した日や盛岡の生徒がお世話になっている期間、校舎の中や授業の様子を見させて頂きました。ここでは日本との違いを感じました。

授業では、数学の中で取り入れられているティームティーチングに興味を持ちました。これは、どのような方法かと言うと、一人の先生が黒板の前で普通に授業を進めているとします。問題練習など個別の指導をできる時間にもう一人のアシスタントの先生も含めて二人の教師が指導をする、というものです。私が見学したのは数学の授業でしたが、二人の先生が教室にして極々自然に指導をしているのです。システムとして当たり前のものとして、ティームティーチングが定着しているのを感じました。

また、スペンサーの何人かの生徒に話しをした中で「何の教科が難しいですか。」という問いに対して「数学」という答えがほとんどでした。それだけに授業の中でも数学などの主要な教科でティームティーチングが取り入れられてるのかなとも思いました。

校舎内の施設や教室の様子を見ると20台くらいのパソコンを設置した教室があり、授業の中で生徒達が使用していました。

また、木工室など実技教科の教室は広くて大型機材からちいさな道具まで整っているようでした。

このようなことから、画工の教育方針の一つとして実技教科の指導で、在学中に社会に出て役立つ技能の基礎を身につけさせることに力を入れている、というような気がしました。木工室での授業ではグループに分かれての作品製作が行われていましたが、グループによって作るものが違うのは物事を自分で選択するという国柄なのかなと思いました。

そして、私たちの歓迎セレモニーが行われた学校のtheater(劇場)は、内部の設計や照明、音響機器まで本格的なものでした。まさに小さな劇場かコンサートホールのようでした。普段は「演劇」の授業が行われるということでしたが、学校の中にこのような施設が整っていることは驚きでした。

施設以外の面では、2名のカウンセラーがいてそれぞれのカウンセリングルームで生徒の相談にのったり、世話をしていることが特筆すべき事だと思いました。

「心」と「熱意」
この研修の終わりに感じたこと、それはどんな事でもどんな時も本当に大切なのは、人と人をつなぐ「心」ではないのか、もうひとつは物事を成し遂げようという「熱意」ではないかということです。なぜなら、私はビクトリアの街並みや郊外の自然の美しさには、もちろん感動しました。しかし、それ以上に心をうたれたのはビクトリアでお世話になった全ての方々の温かい心と、この研修を素晴らしいものにしようという皆さんの熱意だったからです。

最後に、このような素晴らしい研修に参加する機会を与えてくださった諸団体の皆様方に心から感謝申し上げます。


〜団員〜

大切な思い出
下橋中学校  太田 直人

"出会い"それは、これらすべてにおいてのはじまりだった。全く異なった言葉・人種・日常生活を肌で監事言い表せないくらいの新鮮さが、今でも心の奥底にはっきり残っています。

カナダの人たちはいつも笑顔を絶やさず、気軽にふるまってくれました。初めは少し緊張し、話の内容がうまくつかめなかったものの、だんだん慣れてきてジョークも通じ合うようになりました。とにかく明るいいたずら好きで、いつでもどこでも楽しく過ごせました。

自由な中での責任感
また、学校生活の中では自動販売機があったり、ウォークマンを聞いていたり日本の中学校ではとても考えられないことがあり、驚きを感じました。しかし、こんな自由な中にも、しっかりと責任感は持っていました。それに何か、信頼感を持ち合ったものが伝わってきました。これは、これからの自分に対し、大いに必要なことでした。

一緒にバスケットボールをしたこと、スキーに行ったこと、プールで遊んだこと、パーティーで夜遅くまで騒いだこと、そして、学校でみんなとふれ合ったことなど、あっという間の六日間の思い出は、一生忘れることなく、心に刻まれるでしょう。

そして、せっかく慣れ始めた頃には、もう別れの時でした。この時、何ともいえない悲しさ・つらさが、どっと心の中から、込み上げてきました。

心が通じ合えた!
短い期間でしたが、心は確かにはっきりと通じ合えたと思います。そしてカナダは、言葉では表現できないほどすばらしいところでした。

このかけがえのない思い出を、大切にしていくとともに、遠く離れてはいてもロビン、ダーシィー、ジョーダンケティー、ミッシェルなどは僕らにとって、いつまでも心の通じ合える、最高の親友だと思っています。


心の交流
厨川中学校  高橋 明日美

ビクトリアは美しい街でした。英国風の建物が立ち並び、ゆったりとした空気が流れているビクトリア。そこで出会った人達は、私にたくさんの思い出をくれました。

さりげない優しさと心づかい
私のホスト、ジェニーに初めて会ったときは何をどう話せばよいのかが分からず、固くなってしまいました。しかし、彼女と時間を共に過ごすうちに、緊張はとれ、色々な事を話すことができたのです。今思えば、あんなに話せた自分が不思議です。きっとお互いに"伝えよう・分かり合おう"という気持ちがあったからでしょう。心が通じ合うというのは、こういうことなんだと思いました。ホストファミリーの人達とも、すぐ打ち解けられました。家族の一員として普通に接してくれたのです。でもいつもどこかで私を気づかってくれる、そんなさりげない優しさが、この上なく嬉しかったです。

ある日の夜、日本へ電話をかけようとしましたが、つながらないのです。せっかくカナダでの生活振りを話そうと張り切っていたのに、と思っていたら、ホストのお父さんが日本の我が家へのかけ方を調べてくれたのです。その時私は家族と話せる安心感と、そのお父さんへの感謝の気持ちで、涙が出てしまいました。

カナダは国土はもちろん街中の道路や建物、食べ物も見るもの全てが大きな国でした。そして何より、人の心が広かったのです。カナダで出逢った人達は、片言の英語しか話すことができない私を優しく受け止めてくれました。

一人一人がかけ橋に
これからも、ビクトリアとの交流が、もっと深まってほしいと思います。今回、自分が実際ビクトリアに行って、話に聞いていた以上の素晴らしさを肌で感じることができました。それにふるさと盛岡を、今までとは違った眼で見つめ直すこともできました。そう、自分の世界が広がったのです。

新渡戸稲造さんのように、一人一人が太平洋のかけ橋になれたら・・・。こんな素敵なことはありません。


交流を通して
上田中学校  浅沼 智之

不安感から親しみへ
今回の交流で、僕が一番感じたことは、ビクトリアの人たちが、とても明るく積極的で、自分の生活を楽しんでいたということです。

ホストファミリーの人たちに会うまで、かなり不安でした。言葉や習慣などが違う人達と一緒に、5日間も暮らしていけるのだろうか・・・。

しかし、実際に会ってみると、最初のうちこそお互いに緊張していたものの、しばらくたつと、すっかり打ち解けてしまい、多少わからない言葉があっても、辞書で調べたり、身振り手振りで表現したりして、なんとか分かり合うことができました。

また、ホストファミリーの人は、とても親切で、食べ物や習慣についても嫌いなものはないかとか、何かしたいことがあったら言いなさいとか、いろいろ気を使ってくれました。

さらに学校でも、沢山の人が僕に話しかけてきました。とても親しみ易い人達で、すぐに仲良くなることができ、たくさんの友達を作ってきました。

5日間は楽しいことばかりで、あっという間に過ぎていきました。別れる時、ホストファミリーの人が、「またいつかおいで。」と言ってくれました。

ホームステイから学んだこと
5日間ホームステイをしてみて、今まで本やテレビなどれ読んだり見たりしたことのなかった、外国や外国人の考え方生活習慣など、さまざまな日本人との違いを直接体験することができました。また、言葉がわからなくても、伝えようという気持ちがあれば、相手にちゃんと伝わるということも分かりました。友達もたくさん作りました。僕にとって、ビクトリアを訪れたことは、忘れられない一生の思い出となりました。


学んだことがいっぱい
上田中学校  四戸 ルリ子

視野の広がり
私は今回の研修でたくさんのことを学んでくることができました。その中でも一番気付かされた事は、自分の視野の狭さでした。例えば、今私たちはいといとな手段によって世界状況を知ることができます。しかし一歩他国へ出てみると、それらのことがほんの一部にすぎないということを感じさせられてきました。一つのことを判断するとき、いろいろな手段を考えられるようになれば、そのときが私の視野が広がってきたということになると思います。

言葉が違っても
私がこの研修で不安だったことと言えば、食べ物の違い、生活の違いなどたくさんありましたが、何よりも一番不安だったのは、言葉の違いでした。言葉が通じなければ自分の気持ちを伝えられない、コミュニケーションがとれないなど、とても考えました。そのような状態で5日間のホームステイを無事にやっていけるだろうかと思いました。でも私のこのような気持ちとは裏腹に、ホストファミリーは私のことを温かく迎えてくれました。不思議なことに私は。5日間のホストとの生活をあまり言葉も通じないのに、何の不自由もなく生活することができました。今思えば、お互いに相手の話を聞きたい、自分の気持ちを伝えたいと思う心があったから、言葉の違いに困ることなく過ごすことができたのだと思います。

ビクトリアは、とても美しい街でした。そしてビクトリアの人々もとてもいい人ばかりでした。今回の研修では、私にとって見る物触れる物すべてが初めての経験でした。だから、5日間の生活というのはとても短いもので、あっという間の日々でした。私は、今後はもっと英語を勉強して、いろいろな会話ができるようになってもう一度ビクトリアに行きたいと思っています。


心の会話
土淵中学校  齊藤 さき子

人間愛にふれた
日本から出たことのない私が、一番感じたのはビクトリアと日本の違いです。違いはたくさんあるのですが、特に、人との接し方の違いには驚きました。ビクトリアの人達は、気軽に誰にでも話しかけるのです。こんなことがありました。行きのフェリーでのことです。外国の人が話しかけてきたのです。私はただとまどうばかりでしたが、その人は、笑顔で一言一言わかってもらおうとゆっくり話しかけていました。私は聞き取る事に精一杯でしたが、その人の、わかってもらおうとする心は、十分に理解できたのです。何か温かいものが人間愛のようなものが、私の心を満たしてくれました。そして、この旅に対する不安は胸いっぱいの期待に変わっていきました。

「スマイル」という一言
忘れられない思い出はたくさんありますが、一番の思い出は、5日間のホームステイでした。そして、何よりもサラと出会えたことです。初めて会ったときは、私もサラもとても緊張していて、会話させできませんでした。そんな私に、家族は、「スマイル」と呼びかけてくれましたしかし、生活に慣れてくると自分の家のようにくつろぐことができました。この短いホームステイで、言葉が違っても話すときにはわかてもらおうとする気持ち、聞くときにはわかろうという気持ちがあれば、言葉の壁を越えられることに気付きました。初めは、サラ達が話しをしているのを聞くと理解できず、正直いやになりましたが、わかろうと思って聞くとニュアンスはわかるのです。この気持ちはとても大切な事だと感じました。

この9日間には、書ききれないほどの思い出がたくさん詰まっています。この経験を大切にし、広い視野で物事を見られるようになりたいと思います。


言葉の違いは壁ではない
黒石野中学校  千葉崇博

「外国って一体どんな雰囲気なんだろうか。本当に一人だけで5日間もホームステイできるのだろうか。食事は、生活習慣は、そして言葉は・・・・・・。

私はこのような不安を抱えこの研修に参加した。

相互理解が友情に
この研修で学んだのは、日本人にはない心の広さ、そして友情の大切さ素晴らしさだった。

私は今まで様々な研修に参加させていただいたが、なぜか日本人は初対面の際にすぐ話せない、つまり心を開き合えないことが多かった。実際私自身もそうであったが、今回は違った。私のホストであるジョーダンは初対面でありながら、私の理解できる英語の範囲内で沢山の質問をしてきた。私もとまどいながら答えた。するとまた質問される。また答える。質問される、答える、質問される、答える・・・・・・。そうしているうちにいつの間にか心が開きあいお互いに理解しようという気持ちが生まれ言葉という壁がなくなっていたのだった。いやもしかすると言葉」の違い、お互いを分かり合おうとする気持ちが友情を深めるきっかけになったのかもしれない。私がお世話になったペイクス家の人々も盛岡の事、日本から持っていったお土産のことなど笑顔で聞いていた。

最初に抱いた不安、それはむだな心配だったと今思っている。その不安を解いてくれたのはジョーダンはもちろん私を迎えてくれた皆さん、一緒に行った10人の仲間、5人の統導の先生方のおかげだと思う。また私を派遣してくださった先生方、お土産を用意してくれた学級の皆、そしてなによりも様々な準備をしてくれた両親に感謝したい。

心の中に育った「木」
私達訪問団の任務は一応終了した。しかしこれで終わりにしてはいけないと思う。今回の研修は私の心の中で1本の木となるだろう。そしていつの日かこの木が新渡戸稲造博士が築きあげた「太平洋のかけ橋」の一部となることを望んでいる。


大切な思い出、そして友達
繋中学校  伊藤 千里

約10日間の研修を終え、振り返ってみるとたくさんの思い出、学んだことが頭に浮かんできます。ホームステイ、学校生活、友達がたくさんできたことなど、本当に忘れられない出来事だと思います。

スペンサースクールへ通学
実際に学校へ通ってみて日本に比べて自由だなと感じました。私服で授業を受けたり化粧や食事をしながら何かをしたり、逆に日本では許されないことだと思いました。授業では、社会と英語を勉強しました。そしてそこでたくさんの友達ができました。気付いてみると最初の不安と緊張は解け、なんでも話せるようになっていました。それと同時に楽しいと思えるようになりました。

初めてのホームステイ
私のホストファミリーはローラ・グリノー、お父さん、お母さん、お兄さん、そしてペットの犬でした。皆とても優しく毎日を楽しく過ごすことができました。日本語は全く使えないので不安でしたが、2日、3日と過ごしているうちに家族の一員のようになりました。また話が私に分からないときは、ゆっくりと話してくれました。休みの日は、買い物やボーリングをして楽しみました。夜はローラと、友達のことや、学校のこと、家族のことについていろいろ話えおしました。そして、私からお土産をあげた時は、とても喜んでくれてうれしかったです。ローラも私のお土産をくれました。

長いようで短かった5日間のホームステイは終わりホストファミリーに「ありがとう」の言葉を言い、ローラと登校、おわかれ式のあと、全員で写真をとりビクトリアをあとにしました。私は涙が止まりませんでした。そして、ビクトリアへ来て人種・国・言葉は全く違っていても心は通じ合えるということを知りました。私は今回このような体験ができたことを本当にうれしく思います。またいつか、このような機会があれば訪れたいと思います。


願わくはわれ太平洋の橋とならん
城西中学校  村谷 泉

私が、この9日間の研修を終えて、一番印象に残っていることは、ビクトリアの人々の笑顔です。彼らは、私達に笑顔を絶やさず話しかけて来ました。その笑顔に、私達の緊張感も消え、すぐに友情の輪が出来ました。

福祉に対する意識
ビクトリア市滞在中は、スペンサースクールでの学校生活、ホームステイなどの、貴重な体験をすることができました。その中で、一番驚かされたのはスクールの事でした。

車イスの生徒や、障害を持つ生徒も一緒に通っていました。そして皆が自然に手伝ってあげている姿を見て、深く感動しました。日本の場合は大抵、別の学校で教育を受けて暮らしています。

日本とカナダの福祉の進歩の違いは、このような小さな頃からの福祉へのかかわり合いが自然に行われているからだと思います。

生徒の服装は皆私服で、化粧やアクセサリーも全く自由でしたが、その分、自分自身に責任を持って暮らしているのだと思いました。(私達も見習わなくてはならない事だと感じました。)

ビックな姉妹都市
初めてのホームステイ。5日、始めは"長いなあ"と思っていました。しかし実際はあっという間に終わってしまいました。毎日が楽しく過ごせたからでしょう。ホストのクリスタは、私が分かるまでゆっくり話してくれました。家族の皆が優しく、笑顔が絶えませんでした。

ビクトリアの街は、長い間イギリス領地であったためかヨーロッパ風の建物が多く、色彩やかで街行く人々の動きはとてもゆったりしていました。近くには緑が多く、木はとてもビッグで食べ物もまたビッグでした。私達にとって、ビクトリア市は誇りにできるビッグな姉妹都市です。

9日間の研修での思い出を深く胸に刻み込み、これからの国際親善のため、小さな事でも自分の出来る身近な所から取り組み、今後の自分の生活に生かして生きたいと思います。


やさしさと笑顔の中で
北陵中学校  駒木 容子

自然体で過ごせた日々
ビクトリアでの時間。それは私にとって、とても貴重なものになった。

ホームステイの間、私は不思議なくらい自然体でいたように思う。ホストファミリーに自然に解け込んで行った。ホストファミリーと共に笑い、共に楽しい時間を過ごした。

こんなふうに私が変に緊張せず過ごせたのも、今思えばホストファミリーのたくさんのやさしさあってのことだったと思う。カトリーナのお父さんは、いつも冗談を言っては私を笑わせてくれた。お母さんも、辞書を使いいろいろなことを質問してきた。家族の私を楽しませようとするやさしい心配りが、私にはとても嬉しかった。

カトリーナの一言から
私はビクトリアに着くまで、相手にうまく気持ちを伝えられるのかという、言葉の違いに対しての不安で頭が一杯だった。そんな私の不安な気持ちを取り除いてくれたのは、カトリーナの言葉だった。

スペンサースクールで始めてカトリーナに会ったその日、私は彼女に「あなたshyなの。」と聞かれた。聞かれて初めて私の英語では通じないと決め付け、努力せず逃げていた自分に気付いた。そんな自分に気付いたとき、不思議と「これからは少しでも伝える努力をしよう。」という気持ちが生まれた。彼女がshyかと聞いてくれたことをきっかけに、私は彼女と多くのことを話すことができたと思う。

ビクトリアの人の笑顔はとても素敵だった。私も、そんな笑顔のあふれる人間になりたい。更に、たくさんの思い出を忘れることなくこれからの自分の生活に活かしていきたい。

ビクトリアは本当に美しい所だった。私達にとって誇れる姉妹都市だと思う。これから太平洋をこえた交流がさらに深まることを私は願っている。また、自分もそのために何かしていきたいと思う。

またいつの日かビクトリアで出会った人達の笑顔に会いに行きたい。


笑顔と優しさで築くかけ橋
飯岡中学校  田村 健一

派遣研修が決定したのは、11月の中旬ごろでした。出発の日までは2ヶ月近くもありましたが、とても不安でした。しかし、何回か説明会に出席してみると、不安はむしろカナダへの期待へと変わっていきました。

家族の一員として
ビクトリアへ向かう前日、僕は「英語をうまく話せるだろうか。」「ホストのトニーはどんな人なのだろうか。」と、色々な思いでいっぱいでした。1月6日、初めてトニーと会いました。初め僕は、どんなことを話してくるのだろうかと緊張していました。しかしトニーは、僕に分かるように話してくれ、しだいに緊張は解けていきました。また、ホストファミリーは僕のことを、前からそこに住んでいる家族のように接してくれました。特別扱いをされることが嫌いな僕にとって、うれしい心遣いでした。また、トニーとはもちろん二人の弟とも仲が良くなりました。弟たちは日本語に興味があり、たくさん僕に聞いてきました。平仮名、片仮名を教えました。が、理解するのに苦労していました。また、弟のジョーはエレクトーンがひけたので、「草競馬」の曲を教えてきました。すると、家族の人達は草競馬を気に入ってくれてその曲を鼻歌で歌うようになりました。僕hあそのことがとてもうれしく感じられました。

活気あるスクール
トニーの通学しているスペンサースクールは、活気がある学校でした。そこで初めて受けた授業が技術でした。僕はトニーが作業をしているのを見ていました。その間、何人かの人達が話しかけてくれました。僕は学校の生徒とも話しをできるだけ、たくさんしてみたかったのでそれは大きな喜びとなりました。

この1週間、僕は新渡戸稲造博士の縁で、太平洋を結ぶかけ橋となることができました。そして、「笑顔」と「優しさ」の大切さを学びました。これからも、自然な笑顔と心温まる優しさで日本と世界を結ぶことができたら素晴らしいと思います。


ビクトリア市冬期派遣研修
見前南中学校  吉田 裕之

私は、カナダビクトリア市への派遣が決まったとき、若干の不安がありましたが、うれしくてたまりませんでした。そして、ビクトリア市に行く日が近づくにつれ、不安はすっかりなくなり、親善大使である自覚と、ビクトリアにいける喜び期待が一層高まっていきました。

第二の故郷
言葉も通じなく、そして他人の家に単身で解けこむというのは、最初は抵抗がありました。しかし、ホストに会い、ホストの家に向かい、歓迎を受けると、そのような抵抗は消えてしまいました。私のホストは、ダーシィー・ギブソンという16歳の人でした。私が、ダーシィーの家で遠慮をしていると、ダーシィーのお母さんが、「遠慮をしないで、本当の家族のように接しましょう。」と言ってくれ私達は打ち解けていきました。私が滞在している時に、ダーシィーの家族は本当の家族のように接してくれました。その中でとても印象に残っていることは日本の食べ物であるせんべい、梅干、カップヌードルなどを紹介したことでした。中でも、梅干を食べてときダーシィーのお父さんが顔をしかめながら、「ナイス!!」と言ったのが今でも印象に残っています。

竹馬の友のように
私は、今回のビクトリア市派遣研修ではたくさんの友達ができました。少々いたずら好きですが、底なしに陽気で私はずいぶん元気づけられました。その接し方はまるで竹馬の友のようで、お互い異国人であることえお忘れてしまうほどでした。5日間の交流を通して作れた友達、そして家族と別れるのはとても残念でした。最後のバスの中ではやるせない気持ちで涙を流しました。

盛岡市とビクトリア市が姉妹都市関係を結んで10周年となりました。太平洋をはさんで両市ははるか遠くはなれてはいても、心は一つなはずです。私達の研修は終了しあmしたが、盛岡市とビクトリア市の更なる親善交流に向けて、私達も次の言葉を原点にして精一杯努力していきたいと思います。

「われ太平洋のかけ橋とならん」