〜団長〜

「中学生カナダ・ビクトリア市派遣研修」を終えて
盛岡市教育委員会文化課長  佐藤 勝征

私たちは、去る1月9日から9日間の「中学生カナダ・ビクトリア市派遣研修」を終え、1月17日に全員無事に帰ってまいりました。

今年は、昨年までの受入校だったブリティッシュ・コロンビア州のスペンサースクールから、同じ州立のセントラル・ジュニア・ハイスクールに変わったほか、ホームステイのホストファミリーも広く一般に公募して、その中から選考された家庭に受入していただきました。

今回の研修は、「ホームステイや授業参加、市内見学等と通じてカナダの家庭生活や学校生活、社会参加活動等について理解しよう」というテーマで取組みました。

生徒たちは最初、言葉や生活習慣の違いからホストファミリーとの生活に不安を感じ、緊張していましたが、家族同様の心からの温かい歓迎を受け、その心配も解消して充実した毎日を過ごしたようです。生徒たちの感想でも「盛岡の様子について紹介し、ビクトリアの暮らしを体験できて有意義だった」「たくさんの友達ができた」「外国から自分達の学校生活を比較してみる事が出来た」「ビクトリアでは生徒が自由で個性的だが、みんな自分の責任において行動しているように見える」等々、見るもの聞くものすべてが新鮮で感動の毎日であり、一人一人が素晴らしい体験をしたと語ってくれました。

物怖じしない積極的な取り組みによって、拓かれる楽しさや喜びをこの体験から学び、大きな感動を得たものと思います。生徒たちは将来に向かってこの感動を次第に膨らませ、国際交流活動お担い手としてさまざまな分野で活躍してくれることでしょう。

おわりに、この研修に御協力いただいたボブ・クロス市長をはじめとするビクトリア市関係者の皆様、セントラル・ジュニア・ハイスクールの皆様、ホストファミリーの皆様、そして派遣にあたり尽力いただきました財団法人盛岡国際交流協会、盛岡市、盛岡市教育委員会、各中学校の関係者の皆様、参加生徒の御家族の皆様のご厚意に対しました心から感謝お礼を申し上げます。

〜事務局〜

生徒とともに友情の懸け橋を渡って
下小路中学校  下川原 靖子

ディロン先生との再会
昨年、姉妹都市提携10周年を記念し盛岡で行われたディスカッションで、今回の研修でも大変お世話いただいたランジェルさんが、中学生に「ビクトリアと盛岡は確かにつながりが強い。21世紀の交流を考えると君たちのような若い人達が交流を進めてくれることが大切です。」と話されました。今回、図らずもランジェルさんが希望を託した生徒たちとともにビクトリアを訪問する機会を得ました。

1月10日、ビクトリア市の市庁舎にて副市長さんから温かく歓迎していただいた後再会を楽しみにしていたディロン先生と3年ぶりにお会いして、緊張した中にも期待をもつ研修が始まりました。

盛岡の生徒たちは自由で伸びやかに学校生活を送っているビクトリアの生徒に、また、ドラマや模擬裁判の授業など個性を重視した授業に魅了されたようですが、その背景には個々の責任とidentityが必要であることをすぐに学び取り、「さすが各校の代表」と感心させられました。

日本はカナダのお隣り
私は、ビクトリア滞在中に、ご主人が石油関係のお仕事を退職され、奥様は画家であるBoseckerご夫妻のお宅にお世話になりました。豊かな趣味をもち、自らも日本語を学ぶなど充実した人生を送っており、多くのことを教えていただきました。なぜ日本人に親切なのかと尋ねたところ、日本人はとてもいい人が多いと褒めてくれた後、さりげなく「日本はカナダのお隣だから。」と言われたのにはひどく心を動かされました。

研修を通じ、姉妹交流は関係各位のご尽力があってこそ発展しているということを目の当りにすることが多く、新渡戸博士の「橋は決して一人では架けられない。何世代もが受け継いで始めて架けられるものだ」という言葉を実感した研修でありました。

より大きく成長し今後の決意を新たにしている生徒たちとともに、博士の願いを担っていかなければならないと痛感しました。

素晴らしい機会を与えてくださった盛岡国際交流協会、盛岡市、盛岡市教育委員会に心より感謝申し上げます。


VISITING VICTORIA
仙北中学校  相馬 泰一郎

私は、姉妹都市提携10周年の記念の年に、18名の中学生とともに充実した9日間を過ごすことができた。彼らはとても素晴らしいチームワークを見せてくれた。

ビクトリア市は美しい海と緑に囲まれた伝統ある都市である。市庁舎を表敬訪問した翌日、まず、セントラル・ジュニア・ハイスクールを訪問した。どの授業でも生徒たちの真剣な学習態度がうかがわれた。第二外国語としてのフランス語の授業はとても興味深かった。コミュニケーション活動が重視され、教科書は文法よりも会話を重視して編集されていた。テープ等を用いた音声面での指導もよくなされ、教室には大きなフランスコッキが掲げられていたのも印象的だった。カナダは移民が多いため、その子弟を対象として英語の授業が個別指導により行われ、生徒一人一人が大切にされていた。

学校の施設はかなり充実していると思った。パソコンの授業では一人一人にパソコンが行き渡り、木工室や家庭科室では男女の生徒がよく協力して作業に取り組んでいた。

また、私達はランジェルさんやディロン先生のご配慮により、さまざまな公共施設を見学することができた。ワン・セ・フカ病院では高齢者の人々へのボランティア活動のあり方について話をすることができたのは本当に有意義なことであった。さらに、姉妹都市交流の契機となった新渡戸博士が息を引き取ったジュビリー病院の病室も訪れることができ、感慨深いものがあった。

ビクトリア滞在中、3日間Coombesさんのお宅にホームビジットする機会に恵まれ、ご主人の母校であるビクトリア大学へも連れて行っていただき、とても楽しい訪問だった。

最後のお別れパーティーでの生徒たちの合唱はとても素晴らしかった。

生徒たちのホストファミリーの方々は皆親切で、親しくお話をすることができた。

この姉妹都市交流は、このような多くの人々の支えの上に成り立っていることを実感でき、一生の発展を願う思いでいっぱいであった。

生徒たちの今後の健闘を願うとともに、、お世話してくださった盛岡国際交流協会、盛岡市、盛岡市教育委員会、そしてビクトリア市の皆様に心から感謝申し上げます。


愛すべき街ビクトリア、そして盛岡
盛岡市教育委員会社会教育課  細川 恒

以前、姉妹都市交流の仕事に携わった経験があること、そして現在、教育委員会で仕事をさせていただいている関係から、総務担当として訪問団に参加させていただきました。

お話をいただいた昨年12月から最後の報告書編集会議を終えるまでの4ヵ月間は、私にとってまさに忘れることのできない日々でした。今回の研修に直接携わった方々を一言ずつ紹介し、報告にかえさせていただきたいと思います。

ランジェル氏 姉妹都市交流草創期からお世話いただいた方ですが、今回も彼の献身的な活躍にただただ感謝するのみでした。

ディック中村氏 姉妹都市交流の中心的人物の一人で、体調を崩されているにもかかわらず、生徒たちの激励に駆けつけてくれました。

ディロン先生 中学生交流の仕掛人。今回も、彼女の情熱的な指導が研修の成功を導きました。盛岡での再会が今から楽しみです。

佐藤団長 
生徒たちからはもちろん、ビクトリアの人達からの信頼も厚く、また、英語での挨拶も完璧でした。

下川原先生 愛情溢れる厳しい指導は生徒たちのやる気を一層奮い起こさせてくれました。

相馬先生 誠実で、しかもユニークな通訳は、みんなの人気の的。

中学生たち 盛岡市長、協会理事長表敬訪問で堂々たる挨拶をしてくれた佐々木君。班長の菊地君菊池さんは駅頭挨拶とみんなのまとめ役。佐々木さん荒金さんは現地で流暢な英語で代表あいさつ。記録係の吉沢君濱田君木村さん齊藤さんは本報告書の編集を担当。伊藤君小山田さん、齊藤君は合唱成功の立役者。「いただきます」は星川君笹枝さん。討論会担当は荻野君梅村君藤村さん藤原さんでしたが予定が変わってゴメンなさい。

私は、中学生たちが自分達の力で次々にハードルを飛び越え、劇的な成長を遂げていく姿に感動し、生徒たちの底知れないエネルギーと無限の可能性を感じずにはいられませんでした。このような貴重な機会を与えてくださいました関係者の皆様に、心から感謝申し上げます。

〜団員〜

大切な宝物
下小路中学校  菊地 雄太

私は今回の研修でたくさんのことを学び、成長できたと思います。

他校の生徒と団結することに始まり海を越えたカナダという国のビクトリアで生まれた友情は、生涯忘れることのできない思い出です。

「出会い」があれば「別れ」が必ず訪れます。でも、この「別れ」が「再会」につながることを信じ、また一回りも二回りも大きくなった姿を見せに行きたいです。

私がとても心に残っていることは、学校生活の違いです。私たちが生活している日本の学校とは「動」と「静」くらいの差がありました。ビクトリア市にあるセントラル・ジュニア・ハイスクールではウォークマンを聞いても、ジュースやお菓子の飲食をしてもよく、授業の内容をすべてこなすとゲームをしてもよいといったように、とても活発で自由な学校という印象をうけました。

そしてもうひとつは、ビクトリアの人々の気さくなことです。私のホストファミリーは、みんな優しく家族にように接してくれました。それとおなじように、セントラル・ジュニア・ハイスクールの生徒のみんなも、とても温かく、時にはジョークもいってくれたりと、とても楽しく生活することができました。私達の英語が通じないと話題をかえたりしてくれて大変助かりました。

9日間の研修で得たものは本当に大きいと思います。そして、得たものを来年の研修生に引き継ぎ、さらに交流が深まり、私達が先輩の1,2期生と協力して盛岡市とビクトリア市が姉妹都市として発展していくようにお手伝いするのもこれからの役目だと思っています。

最後に、この研修を支えてくれた多くの方々に感謝したいと思います。「ありがとうございました」


やさしさと笑顔の中で
下小路中学校  笹枝 久恵

私の過ごしたカナダでの時間は、毎日が驚きと発見の連続でたくさんのことを学んでくることができました。ホームステイ、学校生活等は、本当に私にとって忘れられない出来事だったと思います。

驚いたことといえば学校生活です。私は実際に学校へ通ってみて、自由だなあと感じました。しかし、私が想像していた「自由」というこことは全く違いました。確かに、私服で授業を受けたり、お菓子を食べていたり、化粧をしていたりと、日本には絶対にありえないことが私の目の前で、しかも当然のように行われていました。しかし、自由な反面、個人の持つ責任感、人を思いやる心には驚きました。

学校では、体育と数学を中心に授業を受けました。そこで私はたくさんの友達ができました。廊下ですれ違うみんなが「Hi!」と声をかけてくれて、学校で過ごした2日間、つまらないと思ったことは一瞬たりともありませんでした。

英語が苦手な私でも、何を言いたいのかがなんとなくわかったし、私が言いたいことも理解してくれて、”心が通じ合えた”ことを実感しました。

私のホストファミリーは、ジューンというお母さん一人の家庭でした。最初は淋しく思ったものの、ジューンは決して私を一人にはしませんでした。

食事にも気を使ってくれて、ご飯を用意してくれた日もありました。ジューンは、まるで友達のように接してくれて、私がわかりやすいようにゆっくり話し、辞書を片手に教えてくれました。ホームステイの最後の日にジューンは「5日間楽しかった」と私の前で涙を流しました。私は、自分のことを大切にしてくれたジューンにとても感謝しています。

カナダという大きな国から、小さな日本という国、盛岡、そして自分の学校を見、カナダの文化や習慣を学んで、新しい発見もあったし、考えさせられたこともありました。

初めて体験した時差ボケ、ホームシック、毎日が英語の生活。一つ一つが私の忘れられない思い出です。この経験を生かし、自分の視野を広げ、今後の活動へと生かして行きたいです。そして、これからも盛岡市とビクトリア市の交流を深めていけたらと思います。


ありがとうビクトリア!!
河南中学校  吉沢 隆

自然を愛するインディアンと多民族から成るカナディアンの国、カナダはとても興味深い国でした。その中でも今回訪問したビクトリア市は本当に美しくて、生涯忘れることのできない街でした。特に、カナディアンの人柄には憧れさえ持ってしまいました。陽気でのんびり屋なカナディアン。しかし、いざというときには迅速かつ明確な判断、行動ができ、そこに日本人にはない「強さ」を感じました。

ビクトリアでのホスト、ドーンとメアリーはとてもいい人でした。たっだ1週間でしたが、僕は彼らのことをもう一人の父、母だと思っています。「いつでも来い。元気でやれよ、Takashi」とドーンが言ってくれたときには涙が溢れてきました。抱き合ったときのドーンの腕はとても暖かく、最後にアクセントのひどい、強い発音で「Takashi」と言ってくれた言葉がとても印象に残っています。

それから、セントラル・ジュニア・ハイスクールに登校した2日間は今回のビクトリア研修の中で一番楽しく、思い出深い日々でした。そして、友達になった2人のマット、それに写真嫌いなクリスタル達のことは、一生忘れることのできない僕の大事な思い出です。

今回のホームステイは、僕の生き方、将来のことなど、すべてにおいて考え方をいっぺんしてしまうには十分すぎるほどの経験でした。自分を含めた日本人の、考え方の狭さやその他たくさんの日本の問題点に気付かされた旅でもありました。

しかし、その分自分でも視野が広がったとも思うし、これから僕自身が生きていくうえで、きっと今回の研修は支えになっていくのだろうと思います。

親友という人生の最良のパートナーとも出会うことができました。これから世界は距離がどんどん縮まり、日本でも一つの国としてだけでは成り立たなくなっていくことでしょう。新時代のステップを親友とともに大きく踏み出すことができるのなら、僕はずっと努力していきたいと思います。

最後に、統導しださった先生方には心配ばかりかけてしまいました。9日間どうもありがとうございました。


人々のやさしい笑顔
河南中学校  藤村 聡子

私が研修に参加することが決まったのは、出発する約2時間前でした。その時はまだ実感がなく、ただ、ウキウキするだけでしたが、いざ、日本を離れると、盛岡市の代表なのだという自覚が芽生えてきました。

ビクトリアについて、私のホストファミリーに出会ったとき、「うまく私の英語が通じるだろうか・」と心配になりました。

しかし、私の不安とは裏腹に、とても温かく迎えていただいて、何の不自由もなく5日間を過ごすことができました。毎晩色々なところへ連れて行ってもらいましたが、中でもビクトリアの夜景を見たときには、とても感激しました。

セントラル・ジュニア・ハイスクールに行き、ステファニーという素晴らしいパートナーに巡り合い、一緒に授業を受けました。

内容はあまりよくわからなかったけれども、とても楽しい思い出となりました。しかし、中学生ピアスや化粧をして、また、授業中にはお菓子を食べたり水を飲んでいる姿にとても驚きましたが、その一方で、一人一人の目的意識の高さには、日本の中学生も学ばなければならないと思いました。

私は今回の研修で、今までとは違う視点から日本、そして岩手を見て、考えなければいけないと思うことがたくさんありました。

ビクトリア市は本当に緑が多く、美しい街で素晴らしいと思いました。そして、学校や街で出会った人々には優しい笑顔がありました。本当に感動の連続でした。

私は、この7泊9日の研修で、たくさんのことを学んでくることができたと思います。中でも自分の視野の狭さに自分自身で驚き、これからは、この経験を大切にし、日本だけでなく、世界にも目を向けて頑張っていきたいと思います。


ビクトリア冬季派遣研修
仙北中学校  星川 広太

以前、街角で何か用事のありそうな外国の人に、笑顔で「ハーイ」と声をかけられた時、僕はビックリして何も言い返せなかったことがありました。僕がこのビクトリア市派遣研修を希望したのは、その自分が情けなくて、外国の人と話をしてみたいと思ったからです。

いざ派遣研修が決まり、言葉の通じない国へ、しかも一人でホームステイするということは、大きな期待のある半面、不安もかなりのものでした。

1月9日、成田空港から出発し、空から見るカナダの島々は、素晴らしい美しさで僕たちを迎えてくれました。僕はいつの間にか不安も忘れ、興味をひかれてしまいました。

ビクトリアに着き、ホームステイ先のの家族の方達と対面しました。はじめはとても緊張しましたが、自己紹介のため、自分の知っている限りの英語を使い、あとは身振り、手振りで僕は一生懸命でした。そして僕は、自分のことを理解してもらおう、相手のことを理解しようという気持ちがお互いにあれば、言葉が通じなくても考えていることや気持ちの通じ合うことを知りました。ホストファミリーに打ち解けた頃には、もうお別れの日だったのです。

今回の研修は、僕にとってどんな本を読むことよりも勉強になりました。

僕は、今まで相手が外国の人というだけで何も話せなくなるところもありましたが、これからはどんな国の人とでも、たとえ言葉が通じなくても、身振り手振りで通じ合えたと思います。

楽しかったセントラル・ジュニア・ハイスクール、優しかったホストファミリーのロバートおじさん、ボニーおばさん、テリー。わすれることのできないこの人たちとの出会いは、僕にとって一生の宝です。


太平洋のかけ橋
仙北中学校  佐々木 愛

不安と期待を抱えて始まり、そして満足感で終わった研修。この研修の中で私がとても嬉しかったのは、ビクトリアの人たちが私たちにくれた笑顔。私たちを温かく迎えてくれた優しさ。こういうものはふだん味わえないものでした。

ビクトリアでは、セントラル・ジュニア・ハイスクールに通い、ホームステイも経験しました。

カナダの中学校に通い、とても忘れられないことがありました。美術の時間、一人の女の子を紹介されました。外見普通の人で、少し男の子っぽくみえる人でした。彼女のことを聞くと「彼女は耳が聞こえないし、話せないんだよ。」と教えられました。障害のない生徒の中に、障害を持つ生徒が一緒に学んでいる。ちょっとびっくりしました。

障害はあっても、彼女は私に笑顔で接してくれ、身振り、手振りで伝えようとしてくれました。周りの生徒の中には手話を覚え、彼女と話す人もいます。。彼女は、障害をもっているけれどそのようなことを恥ずかしがらず、堂々としているのです。それは、彼女の友達が彼女を助けてあげて、皆で協力しているからでしょう。私はこうゆう光景をみて、何かとてもうれしかったです。言葉は通じなくても心は通じるのです。

ホームステイも、とても貴重な体験です。言葉は通じるかという心配をよそに、私を温かく迎えてくれました。

辞書を引きながらの会話でしたが、ホストファミリーは私の話を一生懸命聞こうとしてくれます。

家族として見てくれ、笑顔がたくさんあふれていました。

「自由」、この言葉を思うことが何度もありました。特に学校では「自由でいいな」と何回思ったことでしょう。でも、その自由の中にも一人一人がきちんと責任感を持っていました。私を一人にせず、一緒にいてくれる人がたくさんいました。それが私はとてもうれしかったです。

「願わくはわれ太平洋の橋とならん」

新渡戸稲造博士の言葉ですが、私もこの研修で少しは「太平洋のかけ橋」となったでしょう。でも、これで終わったわけではありません。この研修を通じての体験、自分が思ったことを胸に刻み、これからの国際交流を進めていかなくてはいけないのだと思います。そして、姉妹都市交流が一層深まり、私は再びビクトリアを訪れたいと考えています。


「通い合う心」
土渕中学校  梅村 達

「話すことが交流ではない」

僕がビクトリアに行って一番に感じたことは、まさにこれでした。言葉は通じなくても、僕が不安そうな顔をしていても、ビクトリアで出会った人たちは笑顔で話しかけてくれました。そして、いろいろと気を使ってくれました。

ホームステイ先のことです。その家には日本語の辞典のようなものがありました。そして、英語が話せなくて困っている僕に、「オハヨウゴザイマス」や「オイシイデスネ」などと不慣れな日本語で話しかけてくれたのです。その時僕は、優しさと国際交流の楽しさのようなものを覚えました。

国際交流の楽しさといえばもう一つ、学校での生活がありました。外国の学校は日本tは全然違う。それぐらいのことは知っていましたが、いざ学校へ行ってみると本当に驚かされました。スポーツ選手のポスターが貼ってあればジュースの自動販売機も置いてあるのです。おまけに生徒たちの中には、髪を染めたり、ピアスを付けたりする人がいるのでした。そんな学校で、僕のパートナーとなったのがジェインでした。彼はユニークな存在で、学校のみんなにも親しまれ、僕の心をなごませてくれました。そして、たくさんの友達をつくることができました。

しかし、そんな楽しい学校生活でも、やはり言葉が通じないのにはお互い悩まされました。そんな時、辞典を使ったり、ゆっくりしゃべってもらったりしましたが、今となってはそんなやりとりが逆に楽しかったような気がします。

このホームステイの5日間。ありきたりの言葉になりますが、長いようで短い5日間でした。また、たくさんの思い出は、たった2枚の原稿用紙では書ききれないほどでした。

この思い出をいつまでも忘れずに、また、日常生活の一つ一つに生かしたいと思います。


優しい心と笑顔があれば
土渕中学校  斉藤 真理子

今回のビクトリアの研修は、私にとって、とても忘れられない思い出となりました。去年も2年生がビクトリアに行ってきたので、今年も私たちの学校から、まして私がいけるとは夢にも思っていませんでした。

まず、カナダに行って思ったことは、言葉はもちろん、人との接し方が日本と違うことに驚きました。ビクトリアに行く前にバンクーバーに1泊したときのことです。友達と外に出て道をいろいろ探していたら、通りすがりのおじさんが気軽に話しかけてきたのです。こういうところが日本とやっぱり違うのだと思いました。

私がとても不安だったこと、それはホストファミリーの方とうまくできるかどうかでした。とにかく海外は初めてだったので、とても緊張しました。そんな私を同い年のリーアンは笑顔で迎えてくれたのです。そして、私にわかりやすいように、ゆくり話しかけてきてくれました。私も、そのおかげで少しだけですが理解することができました。

1日目の緊張が2日目になるとほぐれて、ビクトリアの生活にも慣れてきました。2日目の夜にリーアンの妹や弟が私に「一緒に遊ぼう」と言ってきました。あまり英語がわからない私でも、わかろうとすれば理解できることを学びました。リーアンの妹や弟は、私があまり英語を理解できないことを知っていても気軽に話しかけて、わかりあおうとしてくれているのがすごくうれしかったです。

ホストファミリーの方と一緒にいる5日間、始めはとても長く感じましたが、日にちが経つうちに楽しい日々となりました。それはリーアンやホストファミリーの方が、私と一生懸命わかり合おうと努力してくださった優しい笑顔のおかげだと思います。

9日間の研修で、言葉はあまり通じなくても心と笑顔があればどうにかなるということがわかりました。これからの生活にこの経験を生かして行きたいです。またビクトリアに行く機会があれば、と思いました。


ビクトリア研修で・・・
黒石野中学校  伊藤 淳之介

ビクトリア研修では、数々の貴重な体験をさせていただきました。

まず、ホームステイですが、私のホストファミリーは、全員が日本語を話すことができ、とても上手でした。「英語を学ぶ」という自分なりの目標があったので、最初は少し残念な気がしましたが、日本語で会話するため、難しい事も多く話すことができて一緒に行ったほかの人たちよりはビクトリアについての知識が多く身についたかもしれません。

また、ホームステイの期間中、市内の中学校に通い、授業も受けました。授業を受けたといってもただ聞いていただけのような気もしますが、日本の教育、生徒の態度と違う点がいくつもありました。その中で、耳などに障害を持った人と負担感を感じることなく、一緒に授業を受けていることが一番素晴らしいことだと思いました。というのは、美術の時間に先生が何かを話しているときに、2人の生徒が手話をしていました。あとで聞くと、手話をできるのはその生徒2人だけでなく、ほとんどの生徒ができるということでした。カナダは、体に障害を持った人を受け入れる態度がしっかりとできていて、日本ではとても考えられないことで、とても感動し、いい勉強になりました。

また、外国に行かなくてもできることかもしれませんが、盛岡の他の学校の人と多くのことを話し合えたのも、この研修の貴重な体験だったと思います。

この他にも、多くの場面で感動したり学んだことがありますが、たくさんありすぎて整理するもでもう少し時間がかかりそうです。

この研修で自分がどう変わり、どれだけ成長できたのかはまだわかりませんが、これから自分が生活していくうえでこの経験を生かし、また、今度は盛岡の自慢できる点も探していきたいです。このようないろいろな体験をさせていただき、本当にありがとうございました。


たくさんの出会い
黒石野中学校  木村 雪江

カナダで過ごした9日間、私は多くの人と出会い、そして会話をしてきました。

私のホストファミリーはとても優しい人たちでした。

私のために辞書を用意し日本語で話しかけてくれたこと、私がせきをしていたらとても心配して薬を用意してくれたことなど、本当にうれしかったです。

英語はとても難しく、私は常に辞書を手にしていました。一つの物事を伝えるのにもだいぶ時間がかかってしまいます。けれどホストファミリーは、最後まで聞いてくれました。また、私が英語を理解できないでいると、繰り返し伝えてくれました。そんな優しさのおかげで、私は毎日楽しく過ごすことができたのでした。

中学校では、私のパートナーが日本人だったため、日本とカナダの違いをいろいろ話すことができました。特に、日本の授業の様子や、男子と女子の様子を話したら「どうして?どうして?」と、たくさん疑問をもったようでした。

ビクトリアの人から見ると私たちはとても「恥ずかしがり屋」のようでした。ビクトリアの中学生はとても自由でしたが、日本の中学生よりしっかりしていると思いました。私が一番驚いたのは、みんな手話ができることです。生徒の中に耳が不自由な人がいて、みんなその人と普通に手話で話していました。耳の不自由なその人は、学校生活がとても楽しそうでした。私は「日本でもこんなことができたらいいなあ」と思いました。

今回の研修で、ビクトリアの人たちと英語で話したのも良い体験でしたが、私は一緒に行った同じ盛岡の中学生とたくさん知り合えたことも、とてもうれしかったです。

英語はとても難しいです。でも、私は一生懸命勉強して、またビクトリアへ行きたいです。そして、もっともっとたくさんの人と話をしたいと思います。


心と心で通じ合った友
城東中学校  濱田 潤

2日間通ったセントラル・ジュニア・ハイスクール。そこで僕は、たくさんの人に出会いました。

最初に会ったマークは、いつも笑顔で話しかけてくれました。そのおかげで、僕も日本にいる時と変わらない自分で接する事ができました。片言の英語しか話せませんでしたが、はっきり言って、ことばの違いというのは壁にならないと思います。それは、僕の出会ったすべての友と、体の表現と笑いで心が通じ合うことができたからです。すべてが新鮮な気持ちで一緒に笑い、まるで同じ国の人のように楽しい時を過ごすことができました。

学校は自由で、みんな笑顔でのびのび生活していて、本当に楽しそうでした。しかし、自由の中でしっかりとした責任感をすべての人が持っていました。そして仲間同士は固い信頼で結ばれていて、かっこよく見えました。これは僕たちに必要なことだと思います。カナダという大きな国で会った、マーク、シェイン、アロン、マイク、ジョーなどのたくさんの人と、心と心で結ばれた友になれたことを本当にうれしく思います。

初めてのホームステイ。はっきり言って不安でした。しかし、ホストの人たちはとても優しく、おばさんの「リラックス、リラックス」という言葉で、僕の不安は一気になくなりました。ホストの人たちは、本当の家族のように接してくれました。そして、いつも僕を気遣ってくれました。そういう温かい心と優しい心遣いがとてもうれしかったです。

短い期間でしたが、たくさんのことを学ぶ事ができました。これからは広い視野で、いろいろなことに挑戦(トライ)していこうと思います。そしていつか、心と心で結ばれた最高の友に、もう一度会いに行きたいと思います。


ビクトリアの風にふれて
城東中学校  菊地 律子

「帰ってきたらあなたの世界が広がってるはずよ」と、ある人がカナダに出発する前の私に言いました。それは本当でした。

カナダの学校はとても自由で、一人一人の個性をとても尊重していました。同じ14歳とは思えないくらい考え方も大人だし、興味のあるものにどんどんチャレンジしていく積極性もありました。そして私は、カナダの中学生が『自分自身のカラー」をしっかり持っているところに感心しました。

カナダの中学生はキラキラ輝いて見えました。みんな堂々として、カナディアンとしての誇りを持っているように思いました。

私たちは自由を求めてはいるけれど、自由というのは自分自身に責任を持ち、コントロールできなければ本当の自由にはならないのだと感じました。

ホストスチューデントのサブリナは、別れる時、ブレスレットをプレゼントしてくれました。たった2日間のスクールライフでしたが、お別れの時はとても悲しくて目頭が熱くなってきました。私は、カナダでできた友達のことを絶対に忘れません。

ホームステイ先のギルバート家のボーブ、キャサリン。一緒にホッケーを観戦したり、天使のお人形を作ったり、生活を共にしているうちに、もう何年も前から一緒にいる家族のように思えてきました。

そして、ギルバート家の人たちも私を本当の家族のようにかわいがってくれました。そんな心遣いが、私はとってもうれしかったです。私たちは、話す言葉は違っても心は通じ合っていました。

私は、この冬のことを一生忘れないでしょう。なぜなら、私は、この冬のことを一生忘れないでしょう。なぜなら、私はかけがえのない友達ができ、最高の体験をすることができたからです。ビクトリアは自由で優しいにおいのする素晴らしい街です。この体験が、盛岡市とビクトリア市の心と心をつなぐ「太平洋の橋」になったら私はとてもうれしいです。


天井の高さ
松園中学校  佐々木 大輔

研修へ行った7泊9日、中での私の心に残ったのは、やはりホームステイをしたことと学校へ通ったことだろう。

これからホストファミリーと対面すると言われた時に、体が重くなった感じがした。「なんか緊張するぞ」と思いながらバスを出ると「Daisuke!」と大きな声が聞こえ、お婆さんがにこやかに笑ってくれた。私も笑って握手をした。なぜか初対面なのにすごく仲良くなって、家に帰る車の中でもいろいろなことを会話した。

こんなふうにして、ホストファミリーとはすっかり打ち解けることができた。

そして、次の日からいよいよ学校へ行った。

学校へ行ったとたん、私はものすごくびっくりした。髪の毛を真っ赤に染めた男子や、耳中ピアスだらけの女子が私の前を通り過ぎたからだ。前から話には聞いていたが、ここまでは想像以上だった。

日本との学校の違いはそれだけではなかった。授業中にジュースを飲んだり、チャイムが鳴ればさっと帰ったり。しかし、そのような行動をとる彼らが、私にはすごく大人っぽく見えた。

カナダの生徒は、日本の生徒と違ってすごく自由な環境で勉強している。その自由な分、一人一人の意思が強く、性格がはっきりしているように感じた。それだけに、みんな日本の生徒よりも大人で、授業中に何か食べていても、大事な部分になると話に耳を傾けるけじめがあった。

カナダの天井は高かった。

きっと、日本の学校よりも上からの圧力がかからない分、そう感じたのかもしれない。そして、もしかしたら圧力がかからない分、人間として大きくなっていくのかもしれない。天井の高さが高いだけ、自由でみんあが楽しい学校生活が送れるのかもしれない。


初めて訪れた地で
松園中学校  荒金 奈津子

はじめに   。私は、このビクトリア研修でたくさんの友達ができました。言葉が通じなくても、みんな前から友達だったように接してくれました。学校でも最初一人だった友達がだんだんふえて、今では名前を覚えられないほどです。たった2日間だったけど、彼らは私にたくさんのことを教えてくれました。今回できたたくさんの思い出。いつまでも大切にしたいと思います。

ホストファミリーと初めて会ってカルチャーショックを受けました。髪を染めて、ピアスをしていて・・・・・・と、ちょっと近づきがたい感じでした。でも家に着くと、とても温かい雰囲気の家族で、みんな日本語の辞書を引いて、私に話しかけてくれました。そして、私がまだカナダの生活になじめないでいると、写真を見せてくれたり、映画をみに連れて行ってくれたり、クリスマスツリーの片付けを一緒にしたりと、私が暇にならないよう、たくさんのことを経験させてくれました。

セントラル・ジュニア・ハイスクールでは、ミシェルというホストスチューデントが、たくさんの友達や先生を紹介してくれました。授業中も本当に自由で、でも、みんなしっかり先生の話を聞いていました。なんだか、自由な中にもしっかり自分の責任を持っていて、先生方も生徒を信じているというのを強く感じました。お互い信頼関係の上に成り立つ自由というのは、私たちも見習いたい点だと思います。

そして授業中もいろいろなものがあって、それぞれの個性を引き出せるという感じだったので、本当に素晴らしいと思いました。

このビクトリア研修で得たものは、書ききれないほどありますが、このことを少しずつでも生かしていければいいと思います。つらいこともあったけど、本当に良い経験になったと思います。


異文化に触れて
見前中学校  荻野 真一

今回の研修で、僕はたくさんの素晴らしい経験をすることができました。異文化に直接触れたことで、今までの自分がいかに視野が狭かったかということを痛感しました。

また、ビクトリアで出会った人たちは、皆気さくで溶け込みやすく、心がとても温かい人ばかりだということも知りました。ホームステイで一番不安だったことは、コミュニケーションが取れるかどうか、ということでした。でも、それは、全くの思い違いで、まるで以前からの親しい知り合いのように快く受け入れてくれました。また、僕を楽しませようとジョークを言ったり、絶えず笑顔で接してくれたことにとても感激しました。

言葉が違うのに理解し合えたのは、“心”にあると思います。もしかすると言葉が通じない分、お互いに相手に伝えようと心を開きあったからのような気がします。この時、本当に人の真心には国境はないと実感しました。

カナダの人たちの福祉に対する意識の強さにはとても驚きました。僕たちが通ったセントラル・ジュニア・ハイスクールには、聴覚障害者が健常者の生徒と交じって勉強をし、生活をしていました。日本では養護学校で勉強するのが普通です。しかしこの学校では生徒が手話を心得ていて、常に彼を一人にせず、彼が楽しく登校できるようにきちんとバックアップ体制が取られており、、日常の学校生活の中で、自然体で福祉に関わっている事を知り、とても感心しました。

ビクトリアは、言葉では表現できないほど素晴らしいところでした。この研修に参加できたことをうれしく思うとともに、今回の感動を忘れることなく、多くの友達に伝えていこうと思います。


言葉の壁から生まれた好奇心
見前中学校  小山田 直美

「自分のことは自分で」と幼い頃から育てられてきた人たちに囲まれて過ごした9日間は、本当に何もかもが興味深かったです。

ホームステイ1日目。思うように言いたいことが言えませんでした。それでも、全身を使って相手にものを伝えることができたことに、帰ってきてからは少しびっくりしています。

今、いろいろな意味で世界に目を向ける機会が多くあるけれど、実際、“言葉のカベ”というのは避けて通れないと思いました。ですが、今回の滞在では逆に“言葉のカベ”があったからこそ、自分の思いを伝えたい、聞きたい、という好奇心がホストファミリーや自分に芽生えたのではないでしょうか。

セントラル・ジュニア・ハイスクールは、日本とは違って校則がゆるく、髪を染めたり、化粧をしたりという人は普通です。日本では、いじめや長期欠席などが問題になっていますが、カナダの中学校では、みんなが本当に学校生活を楽しく送っているようにみえました。

小さい頃から自立心を養ってきた、ある意味では日本人とは違った考えを持つカナダの人たちだから、このような生活が許されるのかもしれません。

ホストファミリーの人たちが、自分の子供の一人のように、兄弟のように私を呼んでくれて、何の抵抗もなくカナダの生活に打ち解けさせてくれた事を本当にうれしく思います。

私も、今の生活の自慢をできるところに早く気付いて、もし、外国の人を招くことがあったら、誇りを持って日本の生活に受け入れることができたらいいと思います。


ビクトリアへの手紙
乙部中学校  斉藤 信也

思い出にはしたくなかった。笑ったりしているとき、話をしているとき、いつも時が止まればいいのにと思っていた。

帰ればテスト、厳しい現実、受験戦争、これを思うとなおさら帰りたくなかった。しかし、時とは刻まれるものである。そして、そのことが、たぶん一番厳しい現実なのだろう。

だから発見したこと、感動したこと、僕はこの文に託したいと思います。

僕のホストファミリー、トーマス夫妻はとてもすばらしい人たちだった。僕が初めて会った時は、自分は何を話せばいいのかわからず、困って何も話せなかったのだが、マリー婦人が簡単な英語で色々なことを聞いてくれたので、何となく自信がついた。

今、マリー夫人が言っていたことを思い出すと、簡単な英語で、迷うはずのないものばかりなのだが、その時の自分は心なしかあせっていて、答えにくかったのを覚えている。

トーマス家に着くと、早速ドライブに行くことになった。連れて行ってもらった場所は、ビクトリア全体の夜景が見られるところだった。本当にすごいところで、自分は感動して何と言えばいいのかわからず、「great view!」としか言えなかった。

セントラル・ジュニア・ハイスクールでは色々な事を学んだが、授業は何を言っているのか、何を書けばいいのかわからず、何もしないでしまうことが多かった。しかし、授業にも色々あって、中にはゲームだけする授業もあった。

日本と比べると学力は少し低いような気がしたが、自由で一人一人が自分に責任感を持っていた。自分ではどちらがどうとは言えないが、日本の教育とこのカナダの自立心、両方がある教育になってほしいと思う。

正直言ってまだたくさん書きたい事があった。しかし、それは心の中にしまっておこう。また、再びカナダへ行く時まで・・・・・。


忘れられない思い出
乙部中学校  藤原 幸

色々な不安が募る中、私は今回の研修に参加しました。

特に心配だったのは、英語をうまく話せるかということでした。実際、ビクトリアに行って現地の中学生やホームステイ先の人と話をしましたが、2,3日は、やはり何を言っているのかわからなくて、自分でも理解しようとしませんでした。その時、言葉の壁が大きいということをとても強く感じました。

私は今回、ビクトリアに行って日本と違うなあと感じたのは、学校の様子でした。ビクトリアの中学校は自分の教室がないし一人一人の授業の時間割りも違います。この2つだけでも私はとても驚いたのに、さらに驚いたのは、化粧やピアス、ネックレスなどのアクセサリーをしても良いということでした(これは、私立の中学校でも同じことでした)。そうすると、現地の中学生はだらしないかというと、決してそうではありませんでした。少ない校則でも一人一人が自立し、良いことと悪いことの判断できる力を持っていました。日本の中学生もこうなればいいのに・・・と、少し残念に思いました。

ビクトリアに行って、体験し、学び、感じたことは、レポートには書きおさまらないほどたくさんあります。それを、今後どのように生かすかは私次第です。私は、今回体験したことをできるだけ多くの人に話し、ビクトリアについてもっと知ってほしいと思います。そして、私は、盛岡市とビクトリア市が姉妹都市になるきっかけを作ってくれた新渡戸稲造博士と姉妹都市ビクトリアについて、もっと勉強したいと思います。

今回、この研修に参加して本当に良かったです。また機会があれば、現地で会った人たちの笑顔と、あの美しい自然に会いに行きたいです。今回の研修で体験したことは、一生忘れることのできない思い出になると思います。