〜団長〜

「中学生カナダ・ビクトリア市派遣研修」
財団法人盛岡国際交流協会事務局長  吉田 与須鷹

盛岡市とビクトリア市は、かつて国際連盟事務局次長を務めた国際人新渡戸稲造博士の生誕の地と終焉の地が縁で、世界平和のため「われ太平洋の橋とならん」と念願した新渡戸博士の意思を享け、1985年5月姉妹都市の盟約を交わしました。以来、両市民の努力と熱意により教育、文化、スポーツ、経済など幅広い分野で活発な交流が展開されてきました。

第4回目を迎えました「中学生カナダ・ビクトリア市派遣研修」は、財団法人盛岡国際交流協会が明日の盛岡を担う中学生に、ビクトリア市の学校や家庭での生活体験を通して、広く世界に対し理解を深め、豊かな国際感覚を身につけてもらおうとビクトリア市と相協力しながら進めている事業です。

本年は、去る1月8日から16日までの日程で研修してきましたが、出発を前にして、ビクトリア市は70数年振りという大雪に見舞われ、まち全体がマヒ状態に陥る中で、現地スタッフの皆様には、私達の受入準備に献身的に努力していただいたという経緯がありました。

研修の成果は、生徒の報告に示されておりますが、この異文化体験は、生徒一人ひとりの心に大きな財産として刻み込まれました。生徒達にはこの宝物を将来にわたって自身のため、社会のため生かしていってもらえるものと確信しております。

おわりに、研修の推進にあたり御協力いただいたボブ・クロス市長をはじめビクトリア市の関係者、セントラル・ジュニア・ハイスクール、ホストファミリーの皆様、そして御尽力いただいた市、教育委員会、各中学校及び参加生徒の御家族の皆様に心から感謝をもうしあげますとともに、市民の皆様には、当協会に対しましてなお一層の御支援をお願いする次第です。


〜事務局〜

民族の輪を自覚し研修
城東中学校  高橋 妙子

太平洋の懸け橋の志を人握りでも感じ取れたらと参加したビクトリア研修。緑の自然と歴史が生み出した美しさの中に、どの民族も尊敬できる広さを保っているというのでしょうか、大歓迎と細やかな心遣いの数々に、広い国カナダの移民の歴史の中で入り混じった民族が、多様性を認め合いながらいきているのを感じました。

ホームステイ先では、友人との関わりを本当に大切にし、それが人生をさらに豊かにするという生き方の余裕を感じましたし、デイロン先生やランジェル氏がこのプログラムを四年も支えられてきた陰には、交流を通してお互いのよさを引き出して絆を強めようという精神が感じられ、温かい歓迎に答えて私たちも襟を正さなければならないと思いました。目をしっかりと開けば、そこには私たちがなすべきこと、今できることがたくさんあるのだということです。岩谷さん達がPOBを創設した意味はここにおある様な気がします。生徒達も言葉の壁を越えて人類は一つであると感じたのではないでしょうか。

お別れの前夜不幸にしてホストスチューデントの祖父の死を知らされ悲嘆にくれた生徒がいました。ホストファミリーに「本当にすばらしい思い出をくれた君が悲しむ姿を見るのはつらい。天国に召された幸せな死をそんなに悲しまないで、明るい思い出だけを残し笑顔でお別れをいってほしい。」と励まされ、笑顔を作ろうとしていたのが心に残ります。家族の一員になりきって喜びと悲しみを分かち合っていたに違いありません。

学校には、英語が母国語でない生徒が予想以上にいましたが、レベルに合わせて適心指導がされる五〜六人の授業もあり、生徒の自覚も育っているのです。個人学習が進み、図書館を利用したり、個に合う問題が用意されて60分間じっくり取組む姿が印象的でした。

最後に、研修を支えてくださった皆さんに心から感謝の意を表したいと思います。


I hope we will be Paciffic Ocean's Bridge!
見前中学校  岩間 圭一

生徒たちと同様、ビクトリアはどんなところなのだろうか、何が起こるのだろうか、そんな期待と不安を抱きながらの出発でした。

しかし、20名の生徒たちとともに私自身、すばらしい、そしてこれから忘れる事のできない9日間を過ごす事ができました。

ビクトリア市はとてもきれいで美しい都市です。そして、人々も私たちにあたたかく接してくれました。ビクトリア滞在中の3日間、私はHarris夫妻のお宅にお世話になりました。ご主人はすでにお仕事を退職されてお二人でのんびりとした生活をしておられました。その中に何の戸惑いもなく、私も入っていくことができました。前々からの知り合い、家族、そんな気持ちをもちました。ホームステイ最後のディナーナーには夫妻の息子さんとお孫さんが来てくださり、楽しい一時を過ごす事ができました。Harris夫妻には心から感謝したいと思います。

また、この交流に東奔西走なされたランジェルさん、デイロン先生、ディックさん。ランジェルさんは流暢な日本語で私たちを迎えてくれ、いろいろお世話していただきました。デイロン先生はマカレナダンスに始まり、私たちの気付かない細かいとことまで気を配っていただきました。同じ教師として、学ぶべきことがたくさんありました。ディックさんには姉妹都市交流に対する熱意に心を打たれました。さらに、盛岡市出身のイザさん、これらの方々なくして今回の交流の成功はありえなかったと思います。

そして、セントラル・ジュニア・ハイスクール。実際外国の学校をこの目で見るのは初めてだったので興味深いものがありました。授業のスタイルや規則など日本とは違いますが、同じ14歳でも向こうの生徒たちが大人に見えるのは、規則にしばられないかわりに、自分で判断し、責任を持たなくてはいけない、そういう姿勢が身についているのだと思います。

このようなすばらしい機会を与えてくださった盛岡国際交流協会、盛岡市、盛岡市教育委員会に心より感謝申し上げます。


ビクトリアを訪れて
盛岡市教育委員会学務課  外川 祥子

私は、現在教育委員会に所属していることから、今回の第4回ビクトリア派遣研修に20名の中学生と一緒に参加してまいりました。

思いもかけない尾花氏をいただいてから、何し初めての海外旅行でもありましたし、無地に務めを果たせるかどうかと不安ばかり募りましたが、瞳を輝かせた生徒たちの元気さに引っ張られた形で盛岡を発ちました。

生徒達は数日間ビクトリアの中学校に通ってみて、日本とは違う学校の様子にカルチャーショックをうけたようですが、表面上の「自由さ」だけに目を奪われることなく、なぜ違うのかを考える生徒が多くいたことをうれしく思いました。

私たち事務局は教育長にお会いすることができました。教育委員会の瀟洒なオフィスで、ハーブティーとケーキを頂きながらお話をお伺いした感激は忘れられません。

ビクトリアでは、多くの方々が私たちを支えてくださいました。毎回献身的にお世話してくださるランジェル氏、デュロン先生、中村氏、盛岡市出身のイザさん、そしてセントラル・ジュニア・ハイスクールの先生方に深く感謝申し上げます。


〜団員〜

心を一つに、そしてこれから
下橋中学校  川村 真央

僕は、1月8日から研修でビクトリアに行ってきました。盛岡の姉妹都市との交流を深めるという目的でした。

8日の昼12時の新幹線で東京に行き、成田に行って、そこから飛行機でビクトリアへ向けて出発しました。8時間という長い間乗っていて、日付変更線もあったので、日本を夕方に出発したのに、バンクーバー空港に着いたのはまた8日の朝でした。飛行機の中で全く眠っていなかったので、その日は、眠くて眠くて大変でした。一日目は主に観光をし、夕食はホテルで食べました。その時出てきたサラダはまるで「草」そのもので、ピラフもポロポロとしており、日本との食べ物の違いを実感しました。

次の日からは、ビクトリアでもうホームステイが始まりました。僕のホストスチューデントはシェーンといい14歳でした。翌日からシェーンとともに、学校へ通ったり、ダウンタウンで買い物をしたりしました。はじめのうちは言葉が通じなくておどおどしていました。けれどもホストファミリーの人達は辞典で調べたりして説明してくれました。僕も辞典やジェスチャーを使って会話しました。日本のマンガがとても流行していて、「セーラームーン」や「乱馬」「天地無用」「パトレイバー」「エヴァンゲリオン」など、いろいろなマンガがありました。それに、セーラームーンの人形やトランプを男子が持っていたり、ポスターがはってあったりと、すごくハマっている人もなかにはいました。

一番驚いたことは授業です。すごく自由で、ジュースを飲んだり、ウオークマンを聞いたり、ガムを食べたりといろんなことをしていました。なかには、授業中に帰る人もいて、本当は駄目なんだろうけど、すごいなあと思いました。授業内容は、さすがに英語は分からなかったけど、数字は「9×8」や「7×2」などとても簡単なものをやっていました。授業の雰囲気は日本とあまり変わらなかったのでその点は安心できました。シェーンはとても優しくて、スケートに行った時やショッピングに行った時も、いろいろと助けてくれました。

一緒にゲームをやったりしてとても仲良くなれたので、ホームステイが終わって別れる時はとても辛かったです。でも、その悲しみや、楽しかった事、苦労した事が今ではとてもいい思い出になっています。もう一度行きたいと思うくらいです。ビクトリアで学んできた事や思い出を忘れずに、これからの生活に生かして、がんばっていきたいと思います。


研修で学んだこと
下橋中学校  高橋 若菜

私はビクトリアに行く日が近づくにつれて「楽しみだな」と思い、そして「言葉は通じるのかな」「食べ物は口に合うかな」「危なくないかな」などと、とても不安でもありました。

ビクトリアに行ってみると、街はとてもキレイで緑も多く、人々もとても優しく言葉が通じなくても声をかけてくれたりと、とても良い所でした。

一番不安だったホームステイはやはり大変でした。言葉はうまく通じなくて、一日目、二日目は全然わかりませんでした。しかし家族の人達はとても優しく、何か私に言う時、辞典を使い簡単な英語でゆっくり話してくれたり、私のわけのわからない英語を辞典を使いながら理解してくれました。私の言った英語を理解してくれた瞬間がとてもうれしく、喜びを感じました。家族の人に日本語を教えました。なかなか覚えられなかったのですが、「ありがとう」という言葉を覚え、私に何度も言ってくれました。別れる時「ありがとう」と私に向かって言ってくれた時は涙が出るほどうれしくて、「本当にホームステイは楽しかった」と感じました。

学校に行くと、いろんな人が声をかけてくれたり、笑いかけてくれたりと親しみのある所でした。体育の授業でバレーの試合をしました。私も混ぜてもらったのですが、失敗ばかりしてしまいました。そんな時チームの人達が笑って「大丈夫。頑張ろう」と英語とジェスチャーを使って言ってくれました。私は、そのことは忘れることができないほど感動しました。

これらの研修を通して「言葉が通じなくても心は通じ合う」ということを実感しました。このことを忘れず、そしてもう少し英語の勉強をして、もっと外国の人々と交流したいと思いました。

ありがとう。


ビクトリア研修を終えて
厨川中学校  高橋 理


ビクトリアに行くことを知らされた日から、僕は、「ビクトリアとはどういうところだろう」と考え続けていました。資料を見た限りでは、「英国のようなところ」といいますが、実際はよくわかりませんでした。

でも、ビクトリアに行って、だいたいわかったような気がしました。向こうの街並みはとてもきれいで、上品な感じで、そして向こうに住む人達はとても温かく、楽しい人達でした。さらに、ホームステイ先のホストファミリーの方々も、優しく接してくれました。確かに、日本とカナダでは言語の違いという相違点はありますが、お互いに誠意を持って接すれば、言いたいことをがんばって理解したり、互いの気持ちを分かり合えると思いました。

日本と違ったのは、それだけではありませんでした。交通のルールや、ゴミの収集、そして、中でも驚かされたのは、セントラル・ジュニア・ハイスクールで見た光景です。日本の学校では、きちんと制服を着て、もちろん菓子などは禁止で、そして授業も、先生がほとんど説明するだけのものでした。でも、カナダは違います。私服で、しかもピアスやペンダントなどをして、授業中でも菓子を食べたり、昼食を廊下や階段で食べたりと、本当に信じられない光景でした。でも、生徒が中心になって授業を進め、先生は補足的なことしか言わないという姿勢は、とても感心しました。それに、日本では考えられないことをしている人でも、本当に優しそうな人ばかりでした。最後の別れはつらかったけど、「See you later」の言葉を信じています。

今回、ビクトリアという異郷の中で、向こうの生活を学びながらも、自分というものを再び見つめ直し考えさせられることもありました。そして、何よりも「心の交流」の大切さを実感しました。この体験を足がかりに、もっと多くのことに目を向け、そしてこの体験をいろいろなことに役立てたいと思います。この研修を支援していただいた皆様、ありがとうございました。


優しさとふれあいの中で
厨川中学校  中村 純奈

フェリーから降り、バスの窓から眺めたビクトリアの景色は、青い海と、美しい建物の数々で、その広い街並みに、私は胸を打たれました。そしてまた、そこの住む人々も、この街のように大きく、優しい心の持ち主ばかりでした。ホストファミリーと初めて会う時、自分とは違う文化の中で生活している人達とこれから5日間どうすればいいのだろうか、と、少し不安でした。しかし、ファミリーの「Hi, Junna!」という声から始まったさまざまな会話を通して、私はこれならなんとかやていけるかもしれない、という気持ちになっていきました。学校で出会ったたくさんの友達も、私といろいろ話そうと簡単な英語で話してくれたり、紙に文字を書いたりして私が楽しく過ごせるように気を使ってくれました。また、辞書を使って簡単な日本語を教えたり英単語を教わったりしあうことで、友達ともより親しくなっていきました。友達が「コンニチワ、純奈」とか、「元気?」とか日本語で話しかけてくれた時には、すごくうれしかったです。ホームステイ先や学校で思うように言葉が通じなかったこともありましたが、さまざまなコミュニケーションを取ってきたことで、言葉だけでは結ばれない、友情みたいなものが芽生えたように思えました。

カナダでの研修は、違う国の人や文化に生で触れることができた、私にとって貴重な体験になりました。そして「もっと世界のことを知りたい」という気持ちにさせてくれる、とても良い機会となりました。この研修を終えたことで交流が終わったのではなく、これが国際交流の始まり、第一歩なんだと思います。興味を持つ、ということが、外国との関係をさらに発展させることに大きくつながると思うので、これからも関心を持ち続けます。研修に関わった方々ありがとうございました。


違いをこえて
上田中学校  伊藤 洋也

飛行機に乗り8時間30分。14歳にして海外旅行をするとは・・・・・・・・・・・・・と考えながら着いたカナダ。

僕は研修前から

「日本とカナダ。違いはどんなだろう?そこで暮らす人達はどんな人か?」

と不思議に思っていた。そりゃ言葉の違いはあるだろうと単純に考えてはいた。

いざ空港を出てバスに乗ったら、車は右側を走っていることに気付いた。そんな大した事ではないが国の違いを感じた。他にも街の造り、建物の造り、道ばたにリサイクル用の箱があったろ(数多い)、バスの料金の支払い方とか、違いはかなりある。でもこれは文化的なものの違いだ。

ホームステイ先の家族は三人家族だった。自宅での生活は日本と共通しているものがあって生活様式も日本とあまり変わらなかった。僕のホームスチューデントのクリスは、日本語は全く駄目で僕は英語で話さざるをえなかった。最初は会話をすることに抵抗があった。でも聞きたいことを伝えたい、いろいろ話したいことがあるので辞書を片手に話してみた。単語、単語で話しても言いたいことを相手が理解してくれていた。慣れてくると、言葉のキャッチボールといって感じで、日本語で話しているようになってきた。言葉の違いというのは大きな壁のように思っていたが、だんだんと小さなことのように思えてきた。大切なのは表情や心の持ち方で、そういうもので充分コミュニケーションができるということだ。ただ、英語が得意であればもっと楽しく会話ができる。

今回の研修では表面的な違いが少し分かった。もっと深い意味での違いの理解には時間が足りなかった。が、例え違いがわかってもそれを認め合うことで交流の輪が広がったんだと思う。

このような研修に出られて本当によかった。


永遠の宝物
上田中学校  森 智惠子

私が一番不安だった事は、やはり、英語が通じるかどうかという事でした。しかし、私のホストスチューデントのアメンダやホストファミリーのみなさん、セントラルのみなさんは、そのようなことも忘れさせるくらい、笑顔で接してくれました。特にアメンダは、私を一人にはさせなかったし、退屈させまいと沢山話しかけてくれました。私は分からないと、辞書をひいたり、ジェスチャーと使ったりと、一生懸命理解させようとしてくれました。それでも分からないときには、話題をかえてくれたりしました。ホストファミリーのみなさんにもたくさん助けてくれもらいました。本当に感謝しています。

今回の権守の中で、私が一番刺激を受けたのは、学校生活でした。化粧やアクセサリーをしていたり、授業中にお菓子を食べていたり、教室から出て行く人もいました。日本ではとても考えられない光景でした。しかし自由の中にもけじめがありました。授業中は積極的に挙手したり、質問したりしていました。人間として大きな心を持っているからこそ、あのような自由な学校生活が成立するのだなあと思いました。だから、日本では、まだまだ見る事の出来ない光景なのだと思います。

また、私のビクトリアでの一番の思い出は、ホストファミリーのみなさんとスキーに行ったことです。私がスキーがすきだと言ったので、ホストファミリーのみなさんが計画してくれました。12日は1日中スキーをして、それまでの言葉の壁を越え、心と心でつながりあうことができました。

ビクトリアは、とても広くて驚きました。きっと、だれもが縛られずに過ごしているから、そう感じたんだと思います。そして、だからこそ、あんなに優しい人々が育つのだと思います。そして、私がまたビクトリアを訪れる時も、それは変わってないと思います。


ビクトリアが僕に教えたこと
大宮中学校  高橋 和氣

ぼくはこのビクトリア研修を通してビクトリアについて学び、ビクトリアと盛岡の違いがたくさんわかりました。そして一生忘れられない思い出がたくさんできました。

カナダの人達はみんな優しい人達でした。そして明るい人達でした。僕のホストスチューデントのロバートもとても明るい人で友達もたくさんいました。ロバートは日本のアニメが好きで、会った最初の日から一緒に見ました。彼はアニメの他に日本の伝統的な文化にも興味をもっていました。そしてロバートの家族もそうでした。そういうことにとても僕は感心させられました。

次の日は学校に行きました。学校でぼくはいろんなところに驚きました。カナダの学校と僕の行っている学校と小さいことから大きなとこまでいろいろとちがうのです。カナダの学校は規則がほとんどないけれど、盛岡の学校より優れていると思いました。盛岡の学校はきびきびしていますがカナダの学校はゆったりしていますし、みんなやる気がありのりがよく仲良く楽しそうでした。

三日目の市内観光のときビクトリアのすごさに驚きました。いろんなところに良き伝統があり、そのまま残っていました。盛岡の伝統はそれから見ればだんだんなくなってきたように思えます。かわら屋根の家や蔵なども少なくなってきました。ロバートは盛岡には伝統的なものがいっぱいあると思っているし、学校も優れていると思っています。近代化もいいけれど伝統的なものも残ってほしいものです。

大きなことから小さなことまで全て深い思い出となったこの研修は「あれはだめ。こうしなさい」と言われる修学旅行より数倍いい思い出になると思います。そして、ビクトリアの人達とのあのつらい別れはまたの出会いとつながると思います。


優しい人々に囲まれて
大宮中学校  樋下 さくら

もし、今自分の夢を問われたら、私は迷わずにもう一度ビクトリアに行くこととと答えるでしょう。それはビクトリアの人達の温かさに触れることができたからです。自分にとってこの7泊9日間の研修は一生忘れることの出来ない経験になることでしょう。ビクトリアの人達は、異国人の私達にとても優しく接してくれました。不安を沢山かかえている私達にとって、それはとてもありがたいことでした。

私の一番の思い出は、セントラルジュニアハイスクールで過ごしたビクトリアでの学校生活です。日本とカナダの学校ではかなり異なるものがあり、私は発見と仰天の連続でした。セントラルの生徒のみんなも、日本のことや学校にとても興味があるらしく、日本の学校生活にとても驚いている様子でした。

今回の研修はホストファミリーとホストスチューデントが同じだったということで、友情がもっと深まったような気がしてうれしいです。

私が一番感動したことといえば、学校帰りに近くの海で野生のトドを見たことです。その時はあまり近くで見ることはできませんでしたが、その後、博物館で剥製を見た時その大きさにびっくりしました。その他にも、シャチのひれの骨に触ったり、手のひらサイズもある貝がらなどカナダの自然に触れることができました。

このような体験を通して日本にはないカナダのよさとカナダにない日本のよさを知ることができました。私は、ビクトリアの人々に出会えたこと、ホストファミリーが本当の家族のように慕ってくれたことを誇りに思います。そして、いつかまた私のホストファミリーやセントラルのみんあに会えることを願っています。ここまで私達を支えて下さった先生方、本当にありがとうございました。


ビクトリア研修を終えて
米内中学校  佐々木 太一

「世界は狭い。」僕はビクトリアへ行き、多くのカナデイアンと触れあってともに生活しそれを一番強く感じました。はじめは、日本とカナダの距離や、言葉の違いから、なじむことは容易ではないだろう、そう思っていました。しかし実際には、当たり前のことかもしれないけど、言葉をこえ心を通じて会話してみて、「友達になるのに言葉は何の障害もない」ということを知り、それに感動もしました。

ホストファミリーはとても優しく、僕にはゆっくりと話しかけてくれ、会話を楽しむことができました。父のピーターは、ビデオカメラが好きな人で、一緒に生活した日々をビデオに残してくれました。他の人には悪いけど、僕のホストファミリーが一番最高だ、とさえも思うような人達で、素晴らしい思い出をたくさんつくることができました。

セントラル・ジュニア・ハイスクールを訪問して、本当にたくさんの友達ができました。そのみんなが、「Taichi!」と明るく気軽に話しかけてくれ、すぐに溶け込むことができました。そして互いにふざけ合いながらも積極性・自主性・責任感を持って生活しているように見え、そんな雰囲気がとても好きになりました。

別れの日。僕は「帰りたくない」「別れたくない」という気分で、夢の日々から過酷な現実に戻っていくような感じでした。

いろんな人との出会いがあって9日間。楽しかったセントラル・ジュニア・ハイスクール。優しいホストファミリーとの生活。その他、この研修で学んだことはうまく言えないけど、何だか大きくて素晴らしいもの、そんな感じのものです。そして僕はもっと英語を勉強して、もう一度ビクトリアへ行き、ホストファミリーやカナダの友達と思い出を語れたらいいな、とそう思っています。


美しいビクトリアで・・・
米内中学校  鈴木 理恵

お別れのときは、毎日が楽しかった分、とても悲しくなりました。でも別れがあれば再会もあるので、また会える日を信じて待ち、再会したときには今回よりたくさん話をして、今回以上に心を通じあいたいです。

私のカナダでの研修はとても充実していて楽しい日々を送りました。ビクトリアは、思っていたとおりとてもきれいな町でした。私達はセントラル・ジュニア・ハイスクールを訪問して、国語の時間に「日本とビクトリアのボランティア」について討論会を開きました。私は米内中で行っている紙の回収、古切手集めや、奉仕活動のことなどを話しました。

ビクトリアの法では、私達のようなグループを作ってのボランティアはしていませんでした。でも、ビクトリア全体で「ブルーボックス」という箱を設置し、新聞紙や雑誌などの回収をしていました。時々、個人で施設に行ってキャンディー配りなどのボランティアをしている生徒もいました。でも私達が行っている奉仕活動をしていないのに、なぜきれいなままのビクトリアなのだろう、と疑問に思いました。それはきっと普段から一人一人がいつも気をつけて、汚くしないように心がけているからだと思います。車のタイヤにまで「Beautiful Victoria」と書いてあったのも発見しました。ビクトリアの人々はビクトリアをとても大切にしているということが感じられました。

自分達の国をきれいにしたいと思う気持ちは私達もビクトリアの人と同じだと思います。国は違うけど、思う気持ちや感じていることは同じだということがよく分かりました。

このような、とてもすてきな町でやさしいホストファミリーに囲まれて生活できたことは私の一生の宝物になりました。カナダへ行けたことに感謝しています。Thank you a lot.


派遣研修について
繋中学校  古館 裕一

私はこのビクトリア市派遣研修に参加して、カナダの学校や家庭での生活習慣の違いを肌で感じることができました。出発の日、「きちんと英語が通じるだろうか」と少し不安になりました。出発の時、「きちんと英語が通じるだろうか」と少し不安になりましたが、ビクトリア市内にはいるまでには、「必ず通じるはずだ」と思えるようになりました。市内バスで走っていると、姉妹都市の証とも言える桜並木と、部屋が地下にもぐっている珍しい家並が見えてきました。話によると、夏涼しく冬暖かいという理由から作られた家だそうです。気候は、温暖な海流のため比較的穏やかでした。今年は70数年ぶりの大雪が降ったそうですが、私達の訪れた時にはほど溶けてなくなっていました。セントラル・ジュニア・ハイスクールでは、日本語の授業の時間があったり、昼食時間に校外の店で食べ物を買って廊下や階段などで食べていたり、「この学校は何でもありなのか」と思うほどでした。ホストファミリーの家に着き、私が何か言おうとすると、必死に理解しようとしてくれたことがとても嬉しかったです。夕食後歯をみがいた時ホストスチューデントが最後に口をすすがなかったので、まねしてやってみたら、口の中がとても辛かったです。別れの時、5泊しただけなのにずっと一緒に暮らしていたかのように思えました。その時私は「太平洋を越えなければならない遠さがあっても、心は繋がる。これからは、私達一人一人が新渡戸稲造博士の意思をついでいくんだ」と思いました。今回ののこの企画を考えてくれた方々に感謝したいと思います。なぜなら、この派遣研修に参加することがなければ、この様な貴重な体験は一生できなかったかもしれないからです。今回ビクトリアの自然と文化に触れてみて、今まで知らなかったことに気付くようになりました。またいつの日かカナダに行くことがあれば、その時はもっと日本の文化を伝え、たくさんの人々に盛岡のことを知ってもらいたいと思います。


ビクトリアへ行って・・・
繋中学校  高橋 美穂

カナダでの9日間はあっという間に過ぎました。初めは私の英語できちんと通じるのか、学校ではうまくやっていけるのかなどと不安ばかりでした。しかし、ホストファミリーのみんなやセントラル・ジュニア・ハイスクールのみんなはすごく親切で、不安だった私を支えてくれました。カナダの人はどんな暮らしをしているか全くわからなかったけど、ホストファミリーのみんなが少しずつ教えてくれました。学校では、廊下や階段で昼食を食べたり、私服で登校したりと日本ではできないことを経験できて、とても楽しかったです。最初は何を話しているのか全然分からなかったけど、ジェスチャーなどを使って一生懸命教えてくれました。その協力のおかげで、何を話しているのか少し分かったし、楽しく英語を学ぶ事ができました。家では、お父さん、お母さん、お兄さん、ホストスチューデントの4人家族で、みんなで温かく迎えてくれて、毎日楽しく過ごせました。いつでもやさしく接してくれて、聞き取れなかったときにもゆっくり話してくれたり、辞典を見て教えてくれたりとその優しさに感動しました。

毎日がとても楽しくて、5日間のホームステイはあっというまに終わってしまい、最後の1月14日の朝、みんなにお別れを言って帰ってきました。ホストスチューデントのほかにもたくさんの友達ができたので、別れはとてもつらかったです。私達がバスに乗って出発したときに、走って追いかけてくれた人がいて、本当にうれしかったです。

たくさんの人にいろいろ迷惑をかけてしまったけどみんな笑顔で優しくしてくれました。いつかまた、みんなで会って、この研修のように毎日楽しく過ごせたらいいなと思います。みんなに出会えて幸せです。


ビクトリア研修を終えて
城西中学校  佐々木 健

「何て凄い研修だったんだ」僕は本当にそう思っている。海外、それも姉妹都市に研修。その上ホームステイも。無事に終わったのが不思議なくらい。特別な体験だったと思う。

出発の日は移動でクタクタになったけど、東京に行ったのも初めての僕にとって、機内泊が辛かった。眠れないから、「このまま寝ないといつかは倒れるかなぁ」とか、余計な事まで考えて更に眠れなくなる。気がつくと明るくなって来ていた。

市内観光も楽しかったけど、思い出の大きなウエイトを占めていたのは、ホームステイだ。対面の時はとてもとても緊張して落ち着かなかったけど、そこと越えたらもう大丈夫だった。僕の大好きなコンピューターが家にあったのがラッキーだった。

遊んでばかりでもなくて、、ビクトリアの中学校へ行ってホストスチューデントと一緒に授業を受けたら、数学と理科は分かった(気がする)し、絵は万国共通だから、美術も楽しかった。

僕は優しくしてくれたホストファミリーの人達と別れるのが辛かった。二度と会えないというわけでもないが、再会できるのはずっと先になるのを考えると辛かった。ホストファミリーのお母さんは働いているので朝早く別れたけど、一番長く時間と共にしたホストスチューデントととはなかなか離れられなかった。

ビクトリアはとても綺麗で美しい都市だ。新渡戸稲造博士のお陰で、ビクトリアと姉妹都市の関係にある盛岡が幸せだと思う。けれど、まだ多くの人は、ビクトリアのことを知らないし、僕もビクトリアのことをうまく説明できない。ただ、とても素晴らしい研修に参加できたことは嬉しいと思っている。今まで生きてきた中で最高の体験をしたと思う。


笑顔をありがとう
城西中学校  石井 さやか

バンクーバーからのフェリーでビクトリア市に着いてビクトリアの景色を初めて見た時、「すばらしい」と思うと同時に、「盛岡に似ている!」と思いました。それは自然の美しさと冬の寒さ、街並みの雰囲気などです。こんな素晴らしいビクトリア市と姉妹都市なんて盛岡にはもったいないぐらいです。

そして、ビクトリアでのホームステイが始まり、ホストファミリーの人達とジェスチャーや私のまだ不十分な英語で日本とカナダの古い歴史の話をしました。お互いを理解しようという気持ちがあったせいか、不安や心配はいつの間にかなくなりました。私がホストファミリーの話を聞いて、「なるほどー」とうなずくと、分かってもらえてよかったという満足げな笑顔で私にほほえんでくれるのです。私にとって笑顔は宝物です。そして、ホストスチューデントのクリスティンは、いつも私に「さやか!」と話しかけてくれ、私も「クリスティン、クリスティン」と呼び、笑いあっていました。セントラル・ジュニア・ハイスクールではどこにいくにもクリスティンといつも一緒でした。まるで姉妹の様な友達です。

そして、一番強く心に思うことは、カナダの人はとても明るく、初対面の人にでも前に何回か会ったような感じで積極的に話してくれることです。それに比べて日本の人は、表情に乏しくなぜか冷たい感じがします。同じ人間でこんなにも違うのかと思いました。

今回の研修ではたくさんの人と友達になり、また、カナダの人々の優しい笑顔に助けられました。この研修で、カナダの人々のすばらしい所、今まで知らなかった事を数え切れないほど知る事ができました。この貴重な経験をこれからの生活の中で役立てていきたいです。また行きたくなるような本当に楽しい研修でした。


ビクトリア研修を終えて
北陵中学校  中野 隼

ほんの些細な動機で行った研修だったが、カナダで過ごした9日間は決して忘れる事の出来ない日々でした。

まず、期待と共に不安もあったホームステイですが、ケンやバーウェイ夫妻はとても優しい家族でした。僕が片言の英語しか話せないと知ると、辞典や地図などを使って分かるまで丁寧に、会話をしようとしてくれました。言葉の違いというものは、確かにありましたが、障害にはなりませんでした。自分の思っていることを相手に伝えようと、僕もホストの方も一生懸命身振り手振りで伝えていくうちに、いつのまにか本当の家族のような関係になっていました。

また、ケンと一緒にビクトリアの中学校に行き、授業も受けました。カナダの学校は、授業中にジュースを飲んでいたり、授業をを抜け出したりと、ここでは驚きよりも驚きの方が多かったです。そんなさまざまな驚きの中でも、カナダの子供が日本語を勉強していたことが印象的です。時差にして17時間もあるこの地で日本語を理解しようとしている、そんなことを考えるとなんだか感動を覚えました。

僕はカナディアンの方々の人柄にも感動しました。遠い遠い異国の地日本からきた一人の少年に、中学校でもホームステイ先でもみんなが気軽に話しかけてくれ、そして友達になろうとしてくれました。そんな風に接してもらいながら僕は、「盛岡にカナダの人が来ても、こうはできないな」と感じました。

ケンやケンの友達の話によると、来年はカナダの人達が盛岡に来るそうなので、それまでには、英語で盛岡のことを紹介できるようになっていたいと思いました。

この9日間は僕の宝物です。そして僕は、再びカナダの地を訪れたいと思っています。今回はありがとうございました。


優しさと笑顔とともに
北陵中学校  荒田 奈美

我が街盛岡の姉妹都市ビクトリア。限りなく美しく、そして人々の素敵な笑顔。そのような風景の中でのホストファミリーのみなさんやセントラル・ジュニア・ハイスクールのみなさんとの出会い。今回の研修ではたくさんのことを学んでくる事ができました。カナダで過ごした時間は私にとって一生忘れられない思い出になると思います。

私の心の中に強く残っているのは、学校生活です。学校生活の「自由」は私が想像していた自由と全く違いました。制服もなく私服で学校に通ったり、授業中でも、勉強が終われば立ち歩いたりお菓子を食べている人もいました。日本の中学校では絶対にあり得ないことが、ビクトリアの中学校では当然のように行われていて、とても驚きました。しかし自由な中でも、一人一人の責任感の強さ、しっかりと養われてきた自立心というものがありました。目的意識の高さや責任感は私達も学んでいく点だと思います。

片言の英語も伝わるかどうか心配でした。でも、ホストファミリーのみなさんやセントラル・ジュニア・ハイスクールのみなさんは、私の伝えようとしていることを一生懸命理解しようとしてくださり、その優しさに感動しました。身振り手振りの会話でしたが、たたおえ言葉が違っていても優しさと笑顔があれば心と心が通じ合うことができるのです。そして心ろ心が通じ合った瞬間、何ともいえない喜びがわきおこりました。

今回の研修はまだ終わりではないと思います。言葉も文化も違うカナダと日本ですが、これからも国際交流をもっと盛んにしていけたらいいなと思います。そして、自分の視野を広げ今後に生かしていくとともに、盛岡とビクトリアの交流の手助けをしていくのも私達だと思います。今回の研修がビクトリアと盛岡の距離を少しでも縮めるることがでたなら、私はとてもうれしいです。


笑顔から始める心の交流
飯岡中学校  穴沢 秀峰

僕にとってこの9日間は、多くのことを学び、とても楽しく充実した毎日でした。そんな中で、最も思いで深かったことは5日間のホームステイでした。

僕のホスト・スチューデントになったライアンは、日本にとても関心があり、日本のことについて、また日本語のことについて話がはずみました。僕は日本語を教え、また彼からは英語を教えられたこともありました。分からない単語があると彼はすぐに辞書を引いて僕に分からせようとしてくれました。ライアンの家でのホームステイでは、カナダと日本との生活習慣の違い、外国人と日本人の違いなど様々なことを学ばせてもらいあmした。そんな生活の中で一番の問題は言葉の違いでした。言葉は通じない。しかし、言葉は分からなくとも、顔の表情などからお互いの気持ちは分かり合えたような気がしました。僕は、日本ではできない本当の意味での心の交流ができたと思います。

ビクトリアではCentral Junia High Schoolという学校に通いました。そこでは、日本語も教えていて、盛岡とビクトリアとの交流の深さを実感しました。また、外国の中学校は日本より大人っぽいと聞いてはいたのですが、想像以上でとても驚きました。ピアスをしていたり、日本の中学校では考えられない服装をしていたりと、はじめとても荒れている学校だと思いました。しかし授業のペルがなると皆話しをやめ授業に集中していました。また、いつもみんなが笑顔で学校に来ていて毎日が楽しそうでした。廊下などでは全く知らない人から声をかけられたりと飽きることのない学校生活でした。

ビクトリアの人達と接した中で一番心に残ったことは、「笑顔」でした。何事にも笑顔で接してくれたから僕たちはしっかりと生活することができたのだと思います。そして、心の交流も笑顔があったからこそできたと気付きました。

これを機会に国際交流がもっと盛んになればいいと思いました。

たくさんの思い出と笑顔をありがとう、ビクトリア。


大切な思い出
飯岡中学校  熊谷 葵

私は今回の研修を通してたくさんのことを学べて本当に良かったと思います。

一つ一つの経験が私にとっては何もかも初めてだったので大変な時もあったけど、一緒にいた友達やホストファミリーに支えられて研修を終えることができたと思います。

私のホストファミリーはすごく優しく、とても温かい家族です。家族のみんながいつも笑顔で接してくれてうれしかったです。ホストファミリーの中でも、いつも私と一緒にいてくれたサラは笑顔がとても素敵な人でした。英語が通じなくて彼女を困らせたときもあったけど、彼女は紙に書いたり英和辞典を引いて教えてくれました。私にとって彼女やホストファミリーとの出会いが何よりもの思い出だったと思います。セントラル・ジュニア・ハイスクールのみんなもいつも優しくしてくれてとても楽しい毎日でした。

私がビクトリア市で学んだ中で一番印象に残ったことは、日本との違いがとても多いということでした。その中でも特に学校のことについてです。ビクトリアの学校は日本と違い私服だったり授業中に食べ物を食べたりと自由で活発な学校という印象を受けました。

他にもビクトリア市の人はすごくのんびりしていて、優しい人たちばかりなんだなということも印象に残りました。知らない人でも笑顔でひと言「Hi!」とか「Hello!」といえば快く返事をしてくれ、あいさつがすばらしいことを学びました。

市内見学では、水中水族館、ろう人形館、、博物館などを見学しました。どこもすごく楽しく見飽きませんでした。

私は今回の研修でホストファミリーの人達の温かさが一番うれしかったです。言葉は限られたくらいしか通じなかったけど、いつまでもこの思い出を大切にして、いつか必ずまたビクトリアへ行きたいと思っています。そしてビクトリア市で出会った人達と会える日を楽しみにしたいと思います。

最後にこの研修を支えてくれた方々に感謝したいと思います。「本当にありがとうございました。」


カナダ奮闘記
見前南中学校  冨並 文武

僕はこの研修でたくさんのことに触れ、体験し、そしていろいろな思い出を作ることができました。とくにビクトリア市での出来事は一生自分の宝になると思います。まずはじめに「すげーなー」と思ったのは、たくさんの緑があることです。道路と道路の間に芝生があり、どの家にも広い庭と芝生があるからです。前にも話しでは聞いていましたがそこまでとは思っていませんでした。二つ目にびびったことは日本人に限らず日本語をしゃべれる人の多さです。これはバンクーバーの出来事ですが、店に入って僕が気に入った服があったので試着したいなぁと思っていたら定員が「試着ですか」といってきたのでその時はめちゃくちゃびっくりしました。でも、この思いでもいいが、やはり一番の思い出はホームステイでした。僕のホームスチューデントのライアンはとてもいい人でした。僕が英語を話せないのでゆっくり丁寧に一語一語を話してくれて、そしてゼスチャーもつけてくれました。だからとても優しい人だなぁと思いました。でもライアンは、ちょっと暗いというか、意外と無口なほうでした。僕がケン達と遊んでいてちょっと後ろの方を見たらライアンが一人でいました。だからみんなと遊んでいたらライアンが寂しそうなのでライアンの所に戻ったがライアンは話しかけてこないし、僕が話しかけようと思っても話そうとしたことを英語で話せないので無言の状態が続きました。でもライアンの両親は二人とも明るい人でとても仲がよくなりました。僕がマジックをやったらすごく喜んでくれてライアンのお父さんからもマジックを教わりました。ホームステイ最終日、学校が終わって帰ってくるときにライアンとは無言のままサヨナラかなあと思っていました。でも家に帰ってからはライアンと打ち解ける事が出来て、ライアンの行っている事は、あまりわからなかったけど「オウ、イエース」とか「ノーノー」で会話が続きとてもうれしかったです。ディナーの時もケンやライアンとわかのわからない会話をしまくってとても楽しかったです。家に帰ってから「初日からこういう感じだったらよかったなあ」と思いましたが、いろいろな人と友達になれたのでうれしかったです。


大好きなビクトリア
見前南中学校  平川 梓

この研修は私の一生の宝物です。ビクトリアで出会ったすべての人が私のかけがえのない人達です。人生の中で一番輝いていたときと言っても言いすぎではないと思います。

私のホストスチューデント『スリナ』をはじめセントラル・ジュニア・ハイスクールのみんなはとても個性的でした。特にスリナは他人の色には染まらない、私達にとってあこがれてしまうそんな女の子でした。見た目は意見、こわそうに見えますが、優しい心を持った、どんなときでも他人をきづかう心を持っているすばらしい人でした。ホームステイ初日、緊張して物事をうまく話せない私に『夜に自分がはいっているバスケットボールチームの練習を見にいかないか」と誘ってくれました。そんな何気ない彼女の心配りが私には涙が出るほど嬉しかったです。他にもスリナとは鷲を見にハイキングに行ったり、ボーリングやビリヤードをしに夜、歩いた事もありました。スリナといろいろな所にいったことが私のビクトリアでの最高の思い出となりました。

スリナと別れるとき、私は泣きませんでした。さよならも言いませんでした。ただただ私は、「また必ず、カナダに来るからね。その時まで元気でいてね」とスリナに言いました。スリナは笑ってそんな私を見送ってくれました。でも、いざカナダを離れるとき、スリナとの楽しかった思い出、どんな時でも私に優しかった人達の顔が浮かんできて、涙が止まりませんでした。

今、思えば本当にあっという間に過ぎた9日間だったと思います。この研修がどうだったかと聞かれて、今はただ「たのしかった。」としかいえませんが、もう少し時間がたったときに、この研修の話を聞く人すべてが「ビクトリアを訪れたい。ビクトリアを愛したい」と思ってくれるように、この研修での成果を確実なものにしていきたいと思っています。私はこのたった9日間、けれど失う事の出来ない9日間を、ともにすごしたすばらしき友達の笑顔と一緒に胸の置くにしまっておき、清秋の思い出の1ページに深く刻み込みたいと思います。そして、その笑顔をいつまでも輝かせるために、これからもビクトリアのみんなと交流を続けていけたら、と思っています。みんな、みんな、大好きです。本当にこの9日間ありがとうございました。